第19話 発売日
発売前から気になっていた情報。
定期的に宣伝が入る度、販売開始までの日付をカウントダウンする。
随分と前からチェックをしていたのに、日付を追い掛ける期間が長すぎて偶に忘れたり。
それでも、この日を楽しみにしていたのだから、迫り来る発売日までの日付に心が躍ってしまう。
携帯端末を片手に色々と集める情報。実際の商品が見れるのはもう少し先になるのに、既にそれを手にしたときの自分を想像しにやけ顔。家族には気持ち悪いと苦笑いされたが、それくらい欲しいと願ってしまうのだ。仕方が無いだろう。
正直、ここまではまるなんて自分でも想像していなかった。
きっかけはWeb広告。利用しているSNSで表示された宣伝用のアニメーションバナーに、見事にしてやられたパターンである。
普段ならそういった広告は完全に無視をするのだが、この時ばかりは気になってしまった。理由は至って単純で、数日前に立ち寄ったコンビニエンスストア。偶々その時足を止めた雑誌コーナーで、これまた偶然手に取った一冊の情報誌のページを捲ったその先。そこに掲載されていた内容が、このバナーの商品だったと、そういう事だ。
Web広告はクリックして貰うことが目的のため、目に付く印象の高い内容を上手く編集して掲載している。広告なんて、一瞬の情報で如何に客の関心を惹きつけるかなのだ。余りにも詳細を語りすぎると期待値は下がるし、かといって適当に宣伝すればそれで良いというわけでもない。絶妙なバランスで誘導された興味が引き起こす欲求。結局その誘惑に負けてバナーをクリックした時点で、半分は負け戦なのだろう。業者の意図したとおり行動を起こした結果、飛ばされた先に用意されている専用ページの情報。気が付けば、それを食い入るように眺め購入するかどうかを検討し始めている。
ただ、その商品の金額は決して安くはなかった。
一応、出せない金額ではない。それでも、一瞬だけ躊躇うくらいの零が付いているということだけは確かである。
普段から無駄遣いをしない自分にしては珍しく、思い切った決断。だからこそ、家族は強く反対するわけでもなく、仕方無いと苦笑を浮かべただけで終わったのかも知れない。
期待値が高くなれば成る程、その商品が手元に来たときの喜びは大きくなる。
カレンダーに付けたバツ印。ネット上で行われるカウントダウン。それらを目にする度、何日だ、あとどれくらいだと、無意識に何度も繰り返す。
財布のダメージを気にするより充たされる欲求の方を優先したことを後悔はしない。それくらい、楽しみで仕方が無かった。
発売日の当日は、幸運なことに日曜日。
平日だったら店舗に行く時間が取れず、その日で商品を手に入れることは難しかったかもしれない。
そういうことを考慮してか、メーカー側も敢えて休日を選んだのかもしれない。珍しいと言えば珍しいが、それだけこの商品に自信と期待を寄せていると。もしかしたら、そういう事なのだろうか。どちらにしても平日に動くのは難しい自分としては、とても有り難い話ではある。
朝から早起きをして、いつもより早い時間に家を出る。店の開店時間までにはまだ時間があるというのに、逸る気持ちを抑えられない。休日ダイヤで本数の減った電車に飛び乗り揺られる道中。あと少しで、欲しかった物が手に入ると思うと、ニヤニヤが止まらない。
目的地の駅に到着し早足で改札を抜けると、寄り道せずに店へと向かう。
「あっ」
予約した店の前に辿り着くと、既に客の一部が待機列を形成していて、手渡された整理券の番号が思ったよりも後ろの方で少しがっかりとしてしまう。
それでも、確実に商品は手に入るのだからと自分に言い聞かせ、大人しく並ぶこと数十分。
「やっと買えた」
支払いを済ませ手渡された一つの箱。想定していたよりも大きなサイズのそれは、思ったよりも随分と重たい。箱にセットして貰った手提げホルダーが手に食い込んで痛みを訴えるから、荷物は交互に休憩を挟みながら運んでいく。行きはあっと言う間に目的に辿り着いた気がするのに、帰りは思った以上に長いと感じる距離。早く帰って箱を開けたい。行きとは違った意味で焦る気持ちを誤魔化しつつ電車に揺られ帰路に就く。
「ただいまー!」
帰宅を知らせる言葉だけを残し、急いで階段を上がり自室に籠もる。箱の重さの分だけ食らったダメージで両腕は悲鳴を上げているが、そんなことはどうでもいい。急いで梱包を解いていくと姿を現す商品の全容。
「……ついに……」
欲しかった物がここにある。嘘じゃない。夢でもない。
「やっぱり買ってよかった」
決して安い買い物ではなかったけれど、このタイミングを逃すと一生手に入らなかったかも知れない大切なもの。
机の上にはもう用の無くなった雑誌の切り抜き。
そこに大きく掲載されているものが、今、目の前に確かに有る。
「すごいなぁ……これ」
広告には確かにこう書かれている。
『複製された胸像』と。
それは特殊な技術で培養された、細胞から作り出された生きているレプリカ。
光りを感知したことで。伏せられた瞼がゆっくりと開き、目が合った瞬間、それは優しく微笑みかける。
それをどうカスタムしていくかは、それを手に入れた者次第というところなのだろう。
自分好みにしていく事の出来る楽しさ。あぁ、その未来が待ち遠しくて仕方無い。
「そうだなぁ……」
これからどうしていこうかな。胸像の髪の毛を一房掴み、その柔らかさを楽しみながら思い浮かべる今後のプラン。
さぁ。
これからこの宝物を、大事に育成していくことにするとしよう。
そうすればこの人はきっと、自分だけのものになってくれるんだよね?
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