第17話 布団
寒い日は布団から出るのが億劫だ。
目覚ましが鳴っているのだから、起きて行動をしなければということは分かっているのに、どうしても「あと五分、あと十分……」と惰眠を貪ってしまう。
こうやってだらだらと時間を無駄遣いしていると、そのうち母親の雷が落ちるだろう事は分かっているはずなのに、中々その癖が直ることは無かった。
『コレはきっと、布団に魔法がかかっているのが悪いのだ』
寝穢い自分の怠慢は棚に上げ、全てを布団のせいにして体を小さく丸めてしまう。相変わらず目覚ましのベルが一定のリズムで鳴り響いているのだが、それを掻き消すように忍び寄る睡魔の方が圧倒的に強い勢力を誇っている。大きな欠伸をしてから再び意識を眠りの底へと落とせば、直ぐに目覚ましの音は聞こえなくなってしまった。
それから暫くは夢世界へ。でも、その幸せも長くは続かない。
「……………………なさい!」
くぐもって聞こえてくる聞き覚えのある声。それは次第に大きくなり、大きな衝撃と共に世界に響く。
「いい加減に起きなさい!!」
程良い温かさに包まれていた状態から一変。突然全身を包む冷気に身を縮ませ抵抗してみると、次の瞬間背中に強烈な一撃が入り思わず飛び起きた。
「いっっ…………ってぇぇぇえっっっ!!」
恨めしげに犯人を睨み付けると、般若の面でも被ったかという勢いの母親が仁王立ちで立っている。
「早く起きないと遅刻するよ」
ドスの効いた低い声。早く飯食って学校行きなとだけ言い残し部屋を出て行く母親は、完全に怒りのゲージがマックスを振り切っている状態で。下手に言い訳しようものなら、寝間着のまま外に放り出されるかもしれない。
「それは勘弁!!」
慌ててベッドから飛び降り、急いで身支度を済ませてキッチンへと駆け込む。用意された朝食は、寝坊した自分の分だけがテーブルの上に残された状態。慌ててそれらを口の中に押し込み、鞄をひったくるようにして手に取り肩にかけてから玄関に下りる。
「もうちょっと余裕を持って起きりゃ良いのに……全く……」
背後からは呆れた様子の母親の声。それはごもっともですと思いながら履きつぶしたスニーカーに足を入れると、玄関の扉を開き勢いよく外に飛び出した。
はず、だった。
寒い日は布団から出るのが億劫だ。
目覚ましが鳴っているのだから、起きて行動をしなければということは分かっているのに、どうしても「あと五分、あと十分……」と惰眠を貪ってしまう。
こうやってだらだらと時間を無駄遣いしていると、そのうち母親の雷が落ちるだろう事は分かっているはずなのに、中々その癖が直ることは無かった。
『コレはきっと、布団に魔法がかかっているのが悪いのだ』
寝穢い自分の怠慢は棚に上げ、全てを布団のせいにして体を小さく丸めてしまう。相変わらず目覚ましのベルが一定のリズムで鳴り響いているのだが、それを掻き消すように忍び寄る睡魔の方が圧倒的に強い勢力を誇っている。
もう一度だけ眠りの世界に意識を落としたいと寝返りを打ったところで気が付いた違和感。
「……………………れ…………?」
感じる既視感。数分前、全く同じ事があったような気がして眠い目を擦る。
未だに怠さの残る体がまだ布団から出たくないと訴えているが、感じた違和感が気になって仕方が無い。くっついていたいと訴える瞼を無理に開きゆっくりと視線を彷徨わせれば、見慣れた自分の部屋が広がっていた。
「……ゆめ……」
どうやら夢を見ていたらしい。中途半端に起きてしまったのだから二度寝をする気にもなれず、目覚ましを止めて一階へ下りる。
「あれ? お兄ちゃん、珍しいね」
先に準備を済ませてしまった妹は既に、部活用のバッグを持って家を出ようとしているようだ。
「今日、雨降ったらお兄ちゃんのせいだから!」
「ウルセぇ!! さっさと行けよ!」
悪態を吐いてから家を出る妹を見送ると、洗面所に行き顔を洗う。なるほど。早起きをするとこんなにも頭がスッキリするのかだなんて。そんなことを考えながらキッチンに向かえば、口を開けて固まる母親と目が合ってしまった。
「…………何?」
「……い……いや……アンタ……」
明らかに動揺している母親の態度。早起きしただけなのに、そんなに驚かれると少し怖い。
「何だよ……」
母親の態度に少し腹が立ったが、こんな日があっても良いだろうと用意された朝食を食べるべく席に着く。
「今日、雨降ったりするのかしら」
妹同様母親も失礼なことをさらりと言ってくれるもんだ。
「俺だって偶には早起きするんだよ! 良いじゃねぇか!」
用意されていた朝食は、いつもと異なりまだ暖かい。早起きをしたことで得られる幸運は、小さいながらもやはり嬉しいもので。
「行ってきまーす!」
普段より余裕のある時間に家を出られる事が嬉しくて声が弾む。玄関のドアを開けば、眩しい程の青空が広がっていて心地良かった。
はず、だった。
寒い日は布団から出るのが億劫だ。
目覚ましが鳴っているのだから、起きて行動をしなければということは分かっているのに、どうしても「あと五分、あと十分……」と惰眠を貪ってしまう。
と、此処まで来ておかしいことに気が付き飛び起きる。
流石に三回目だと、この状況が明らかにおかしいことは分かる。
「これ、もしかして夢か?」
頬を抓ると感じる痛み。夢を見ている訳ではないようだが、三回目の起床は気持ち悪いと感じてしまう。
何だか晴れない気持ちの靄を抱きつつ、支度を済ませて家を出る。今度こそ、学校に行けると信じながら。
寒い日は布団から出るのが億劫だ。
目覚ましが鳴っているのだから、起きて行動をしなければということは分かっているのに、どうしても「あと五分、あと十分……」と惰眠を貪ってしまう。
…………。
またしてもこのパターン。時間がループしている事で、先程の出来事が夢であることに気が付き溜息が漏れる。
早起きをしても、毎回この時間に戻されるのだ。いい加減疲れを感じ始めてきた。階下に降りると驚いた妹と母親の反応。これも三回目だから新鮮さは全くない。食べても食べても出される朝食も、見ただけで満腹感と胸焼けを伴うようになってきたから気持ちが減退してしまう。
「……行ってきます……」
元気に家を出るなんてことが出来ずに、憂鬱な気分で開く玄関のドア。憎たらしいくらいの青空が眩しくて仕方が無かった。
…………そしてまた戻される。
気が付いたら布団の上。何度も寝て起きるを繰り返しているせいで、睡魔もすっかり消え失せてしまっているのに、家を出ると必ずこの場所に戻ってきてしまうから、何度も朝の準備をしなければならない。
いい加減、家から出て学校に行きたい。
それでも何故か、布団の上へと戻されてしまう。
一体いつになったら夢から覚めることができるのだろう。
流石に心配になってきた。
永遠に覚めない夢だったら。そう思うと怖くて仕方が無いのだ。
「もう嫌だ……もう、起きたい……」
何度目か分からなくなった布団の上。白い掛け布団が程よい肌触りで身体を包み込む。心地良い睡魔に囚われているのならば、この状況を至福だと感じていたのだろう。
しかし、今の自分にとって、この状況は拷問以外のなにものでもない。
「ちゃんと起きるから……だから……」
布団から出たい。しかし、そんな気力は当に無くなってしまっていた。
「誰か……助け……て……」
ゆっくりと降りる瞼。
暗く閉ざされた世界で願うのは、終わる事のない夢から覚めること。ただ、それだけだった。
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