第16話 猫
猫ってずるい。
愛らしくて自由気ままで。
甘えたいときに甘えてくる癖に、こっちが構おうと手を出したら嫌だとそっぽを向かれてしまう。
どんなに甘い声で呼んだって、どんなに美味しいご飯を用意したって、その興味は一瞬だけ。
次の瞬間尻尾をぱたぱた、顔はプイッ。
そんなところが可愛いっていう人も多いけど、そういうところは可愛くないと思ってしまう。
それでも猫を甘やかしてしまうのは、心のどこかでやっぱり可愛いって思ってしまっているからなのだろう。
「チチチチ……」
舌を小刻みに動かし奏でる小さな音。音に確かに反応は示すのに、顔は相変わらずあっち側を向いた状態でこちらを見ない。つんとした態度もここまで来ると小憎たらしくて仕方が無い。
普段よりも半音高いトーンで名前を何度も呼んでみるのに、やっぱり無視を決め込んでしまっている。
こうなってしまうと持久戦だ。
絶対に振り向かせたいコチラ側と、意地でも振り向きたくないアチラ側。
これはちょっと、恋の駆け引きと似ている気がして笑いたくなった。
だからこそ、愛おしいと思ってしまうし、腕の中に閉じ込めてしまいたいとも感じてしまうのだ。
少しでもこちらに嬉しそうに尻尾を振ってくれれば直ぐにでも甘やかしてあげられるのに、その気持ちを知ってか知らずか、振り回されるのは常にコチラ側なのだ。
駆け引きはいつだってムコウが上手。コチラは常に負け戦。
だから偶に無視を決め込んでみたりもする。
正直、無視して聞かない振りをするのは苦手ではある。何故なら、猫が気になって仕方無いのだ、当然だろう。
それでも偶には甘えて貰いたいし、甘やかしたい。
駆け引きに勝って至福を得たいと思ってしまうのだから、此処は一度、心を鬼にして敢えて無視をするのだ。
答えない時間が長ければ長いほど、猫は必死に訴える。
小さな鳴き声は少しずつ大きくなり、最後は叫びのように一生懸命に、何度も何度も訴える。
それでも無視を決め込んでいると、猫が少しずつ寄ってくるのだ。構って欲しい、遊んで欲しいと言わんばかりに。
そこで負けて手を差しのばしたりすると、この時点で負けが確定する。
構ってもらえる事が分かった途端、猫は少しだけ甘える事を許してから、再びそっぽを向いて何処かに行ってしまう。
だからもう少しだけ我慢をすることにする。
膝に手を掛け爪を立て、どうにか自分を見て貰おうと試行錯誤するその姿が愛らしい。
大きな瞳をまん丸にして、なんとかして視界に入ろうとアピールを続ける。
横目でそれを確認すると少しだけ安心したように和らぐ表情。
それでもそこで甘やかしたりはしない。確認しただけで無反応を決め込めば、猫は再び必死に興味を引こうと藻掻き始めるのだ。
いつもコチラ側がそうやって必死になっているのだから、偶にはこんな仕返しもいいだろう。
味わえる優越感に思わず口角が吊り上がる。嗚呼、なんて可愛いんだろう。その愛くるしい姿で、君がどうしても必要なんだと訴えるその姿。
その内猫は不機嫌になり低い声で鳴き始めるのかも知れない。
そうなったら漸く甘やかす為の時間が始まる。
「仕事中だったんだ。ごめんね」
小さな体を抱きかかえながらそうやって耳元で囁いた後、ご機嫌を取るように頭を撫でる。
目一杯抱きしめて、猫の喜ぶところを擽ったりなんかして。
首に嵌めた首輪からは、小さな金色の鈴がチリンチリンと音を響かせる。それを指で弄びながら思いっきり猫を可愛がってやれば、猫は嬉しそうに眼を細め小さな身を預けてうっとりと酔い知れるのだ。
膝の上で甘えてくる猫。
一目惚れしてお迎えしたその子は、今では無くてはならない掛け替えの無いパートナーになっている。
万が一の事故がないようにと右足には鈍色の鎖を嵌めて。外は危ないからと、小さな部屋に閉じ込めて。
この世界と僕だけが、猫にとっての全てであれと願いながら。
「大好きだよ」
そういって頭を撫でてあげると、彼は嬉しそうに小さく頷いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます