第13話 ニュース

 目覚ましアラームの代わりにセットしているのは、テレビのタイマーである。

 毎朝決まった時間に流れるそれは、いつもと同じニュースキャスターが、前日にあった様々な出来事と本日のお天気情報を伝える番組で。

 話題は日によって前日と同じだったり、違うものだったりするが、これを見る事が日々の生活のスタートになっている。

 テレビに写された映像を見ることなく、音だけに耳を傾けて行うのは朝食の準備。

 朝はパン派なのかご飯派なのかなんて、その人のライフスタイルによって異なるんだから放って置いて欲しい。何故なら、その日によって食べたい物を食べたいと思う派だから。

 それでも、手軽に用意出来るという意味では、ご飯よりもパンを選ぶ方が圧倒的に多いではあった。

 厚切りのパンを二枚と、ブラック珈琲をホットで一杯。トーストはこんがり焼き目を付けてからバターをたっぷり塗ったものが好み。

 これだけだと少し寂しいからサラダも添えてみたりして。種類に拘りたくてもあるものでしか作れないメニューなのは仕方が無い。一つ一つがパッケージされた消費期限ぎりぎりの野菜は、辛うじてみずみずしさを保っているという感じ。さっさと消費しないと、これは悲しいゴミ箱行きになってしまう。

 そうやって用意された朝食をテーブルにセットすると、漸く食事を開始することが出来る。

 朝食を頬張りながら見るのは、先程から流れているニュース番組だ。

 それは丁度、政治・経済の内容からスポーツの特集へと切り替わったタイミング。余りスポーツの話題に明るい訳では無いため、この競技で活躍している選手が誰なのかというのは、こういった情報を仕入れることでしかインプットが出来ない。大好きな人にはたまらない試合だとしても、興味のない人間にとっては結果だけを知ることが出来ればそれで良しといったところ。偶に、食い入るようにそのジャンルにのめり込める事が羨ましいと感じる事もあるが、今の所そう言ったスポーツに出会った試しがない。

 気が付けばコーナーは今日のお天気に。地図の上に表示された様々なマークの天気を眺めながら、サラダを口に運ぶ。

「ん……酸っぱいな、これ」

 よそ見をしながらかけたからだろう。ドレッシングの量を間違えたらしく、爽やかな味になるはずのそれは、大分酸味が強い味になってしまっていた。

「……はぁ……」

 とはいえ、それを廃棄するなんて勿体ない。仕方無く、その酸味に耐えながら少ししなびれてしまった野菜を胃の中へと詰め込んでいく。

 それでもこの舌を刺すような酸っぱさはちょっと気が滅入る。合間合間にトーストを囓り、パンとバターの甘みを利用して緩和させる強い味。最後のレタスは大きめの一枚。それを口の中に放り込むと、簡単に咀嚼して呑み込んでしまう。

「……ふぅ」

 空っぽになった白の器。使用済みのフォークが、ドレッシングの海に沈む。

 囓りかけのトーストを手に取ると、再び囓りながらニュースへと視線を戻す。いつの間にかコーナーは芸能を取り扱ったものに変わっている。

「…………」

 スポーツ同様、余り芸能ニュースにも興味が持てないため、どのアイドルが結婚しただの、どの俳優がスキャンダルに巻き込まれただのといった情報は、ドラマや映画を観ているように現実味を感じる事は無い。ただ情報を垂れ流す。それをキャッチするということは単純に、会話をするときのきっかけになるからかも知れないという期待があるから行っていることなのだろう。

 いつだって代わり映えしない一連の流れを眺める理由は、もう一つある。

 決まった順番で流れるニュースを聞いていると大凡の時間が把握出来るのだ。

 これが実に便利で、時計を見る必要が無くて助かる。このニュースが流れると大体何分だからと予測できるため、作業を習慣化しやすいというメリットがあるからだ。

「ああ。もうこんな時間」

 いつの間にか皿の上にあった食べ物は姿を消し、カップの中に冷めたブラックコーヒーが少し残る程度。それを一気に飲み干した後、使い終わった食器をもってキッチンへと戻る。

 直ぐに洗ってしまえば楽なのに、一旦シンクの中にそれらを放置すると、そのまま窓へと移動し勢いよくカーテンを開いた。

「…………この習慣も、もう、意味が無いのになぁ」

 ニュースで流れている天気とは全く異なる空。それが窓の向こうに広がっている。

「一体、後、どれくらいの時間が残されているんだろう」

 階下からは、耳障りな雑音。視線を落とすと随分と遠い足元には、意思のない蠢くものが大量に湧き、徘徊を続けていた。

「ストックが無くなったらもう、終わりかな」

 毎日の習慣で見てしまうニュース番組は、いつの頃からか録画されたものに変わっている。

「冷蔵庫の中、あともうちょっとで無くなるや」

 それでも毎日それを見続けているのは多分、目の前に広がる現実を受け入れたくない、と。

 無意識にそう願ってしまうからなのかもしれない。


「ああ。もう、これで。おしまい」


 終わりの時が刻一刻と近付いてきている。

 願わくば、希望の音がラジオから流れてくることを。


 どうしてもそれを、期待せずには居られなかった。

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