第12話 プラモデル
今までで貰って嬉しかったプレゼントが何かと聞かれたら、少しだけ悩んでこういうだろう。
「子供の頃に買って貰ったプラモデルだ」と。
デパートのロゴが入った包装紙を勢いよく破き、中から現れた箱を見た時に感じた喜びは、未だによく覚えて居る。
毎週見て居たアニメのコマーシャルで流れていたこの商品は、どうしても欲しくて親に何度もねだった。買って買ってと口うるさく言い続けていた結果、誕生日に漸く手に入れることが出来たそのパッケージは、何よりも輝いて見えたものだ。
多分、きっかけはそれが始め。
そこからずっとプラモデルが好きでたまらない。
そんな嗜好品が自分の一番の趣味ということになるのだろうが、プラモデルというのは思った以上に奥深いものだと個人的には思っている。
プラモデルの醍醐味は、何と言っても『自分で作る事の出来る楽しさ』だろう。
ランナーに繋がれたそれぞれのパーツは、いくつかのブロックに別れて箱の中に収められている。一見するとこの形が立体になるとは分かりにくいだろう。それでも、ランナーからニッパーを使ってパーツを切り分け、デザインナイフや紙ヤスリを駆使して丁寧にバリを処理してから少しずつ組み立てると、それが一つの形に集約されて重みを持つ。
プラモデルを組み立て始めた頃は、形を作ることだけで精一杯だったのに、完成品が一つずつ増える度、製作スキルはどんどん上がってくれているのだ。数をこなせば技術が身につくとは、まさにその通りなのかもしれない。
今では、組み立てて終わりということは卒業し、自ら塗装し質感を出す事で、如何にしてリアルさを再現出来るのかというところまで追求出来るようになってきていると思う。
それでも、所詮は素人の趣味レベル。職人と呼ばれる人の技術には到底及ばないではあるのだが。
パーツを組み立てていると零れ出る楽しげなリズム。大好きだったテレビアニメのオープニング曲は、さびの部分だけ何度も何度も繰り返される。時々、指でそのリズムをなぞりながら、目的のランナーブロックを探し出していく作業。連結された部分をニッパーで切り分けバリを処理し、パーツが揃ったところでまた新しいランナーへ。
今回作成する予定は、普段よりも大きなサイズのプラモデル。その作業に挑戦することを決めたのは、どうしても作ってみたいモチーフを見つけたからだった。
『これが完成したら、きっと幸せになれるはず』
漠然とそんなことを思いながら、少しずつ形を組み立てていく。
こうやってバラバラだったパーツが組み立てられていく様子を見て居ると、まるで自分が神様にでもなったような錯覚に陥るが、それがただの幻想であることも理解はしている。
創造する。
完成品が増える度に感じる高揚感の強さは、言葉では言い表せないほど大きなものになってきている。
部屋の中に所狭しと並べられた作品は多数。その種類は実に様々。それでもまだアイテムを増やしたいと考えてしまうのを止められない。
「このコレクションの中に、今作っているプラモデルを加えたい」
そんな欲が日増しに大きくなっていくのを止められない。
そうやって何十時間もかけ、丁寧に組み立てられた模型。平日は帰宅してからの数時間。休日は生活に必要な作業を行う以外の全ての時間を費やし、漸く組み立てられたそれに、塗装を施し仕上げていく。
「……でき……た……」
まだ細部の微調整は残っているが、おおかたこれで作業の目処はついたと。
持っていたエアブラシをテーブルに置くと、漸く肩の荷が下りたと吐いた息。ずっと作業に集中していたせいか、肩が凝って仕方が無いが、この痛みも栄誉の勲章だと誇らしく思えてくるから笑ってしまう。
「漸く完成したよ」
そう言って、出来上がったばかりの無機物に向かって微笑む。
「これで満足してくれるよね?」
まだ乾ききっていない塗装に触れないよう注意を払いながら、その表面を撫でるようにして這わせる指先。
「コレは、君が望んだことなんだ」
背後からは、耳障りな羽音がずっと聞こえてくる。
「君が余りにも煩いから、僕は君の願いを叶えてあげる事にしたんだよ」
完成した美しい造形とは異なり、虫の群がる先に置かれたもののなんと醜いことだろう。
「美しい姿を手に入れたんだから、笑ってよ」
形を作ることが好きなんだ。自分の手で、それを組み立て、命を吹き込んでいくことが何よりも嬉しいと。
「だから、気に入ってくれるよね?」
しかしそれは何も答えてくれない。イエスとも、ノーとも聞こえる事のない返事。
「……うん。分かってるよ。分かってるから……だから……」
相変わらず耳障りな羽音は続いている。植え付けられていく卵から、新しい命が誕生するまで、それほど時間は掛からないのだろう。
僕の目の前には一体のプラスチック人形。それは、愛らしく、優しい眼差しで僕を見つめ返してくれている。
それでも僕は充たされないと感じている。
完成したら得られるはずだった幸せは、何故か悲しみに覆い隠されてしまっているような気がしてたまらない。
これ以上、何を呟けばよいのか分からず瞼を伏せる。
蘇るのは様々な記憶と思い。少しずつ色褪せた世界で笑う君は、どれもこれも美しく綺麗だ。
その面影を残したのは一体のプラスチック人形。そう。これは、僕が作った、君のための墓標。
もう何も言うことのないプラスチックの塊は、僕の問いに答えることなく、ただ寂しそうに笑みを浮かべていただけだった。
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