第11話 メモ帳

 テナントで入っているオシャレな雑貨屋の一角。

 様々なアイテムを種類別に配置したステーショナリーコーナーに置かれていたのは、一冊のブロックメモだ。

『試し書きにお使い下さい』

 店員の手書きだろうか。可愛らしい吹き出しのポップが、メモクリップスタンドの上でゆらゆら揺れている。脇に設置されたペンスタンドの中には、様々な色のペンが用意されていて、気軽に試し書きが出来るようになっている。

 意外と使う人は多いようで、ブロックのメモ帳は、既に数ページ分消費されていて。そこに残されたメッセージは書く人によって様々で面白い。シンプルに線を描く人、平仮名を意味も無く書く人。友達同士で寄せ書きのようにメッセージを書く人も居れば、簡単なイラストを描いて色ペンでデコレーションする人も居たりする。

 別に覗き見をしたいわけでは無いが、そういう誰かが残した痕跡を少しだけお裾分けさせて貰えるのがちょっとだけ楽しい。

 だからそのコーナーにあるメモ帳は、ここで立ち止まる度、無意識に眺めてしまうのだ。

 そうでなくても、ステーショナリーを集める事が好きだから、このコーナーはショップの中でお気に入りのスペースになってしまっているのだが。

「あっ。このペン、初めて見る色だ」

 普段好んで使うメーカーのボールペン。新色が出ていることに気が付き手に取って眺める。このインクはどんな色なのだろ。それが気になって仕方が無い。試し書き用のペンスタンドに同じ色が無いかを確認してみたら、丁度気になっていた色と同じペンが用意されていて嬉しくなる。

「試し書きしちゃおっと」

 カチッと音を立てて姿を現すペン先は、まだ誰にも使われていないものだったようで、樹脂玉がまだ付きっぱなし。

 一瞬、間違えてテスト品の中に入っているのかと疑ったのだが、軸の部分に「テスト用」のシールが貼られているから間違って入れたものでは無いと分かり胸を撫で下ろす。

「一番始めに使うのって何かドキドキするなぁ」

 ペン先を保護する樹脂玉を爪で剥がし、紙の上に乗せ手を動かすと、滑らかなゲル状のインクが一本の線を描き出した。

「へぇ。こんな色してるんだぁ」

 軸の部分に印刷された色見本だと少し暗めのに見えたのに、実際に描いてみると思ったよりも明るめの赤い色のインク。これはこれで好みの色で、見つけられたことが嬉しくてもう一本の線を描く。

「いいなぁ。この色」

 線だけでは飽き足りず、適当な形を幾つか描いて作る落書きのキャラクター。何となく猫の形に見えてきたから、そのまま顔を描き入れて、隣に吹き出しを足し「ニャー」とセリフも足しておく。

「よし! 買っちゃおう!」

 インクが乾いて紙に定着した色も好みだったから、このペンは買う事を決め一本キープ。その他にも使い勝手の良さそうな色が無いかと物色していると、不意にメモ帳の隅に描かれたモノに目が止まった。

「あれ?」

 それはメモの隅っこに描かれた落書き。

「わぁ……すごい……」

 サイズはとても小さな落書きだったから、ぱっと見ただけでは気付かないこともあるだろう。初めの数枚は、他の試し書きに埋もれて目立たない。パラパラとメモを捲ってみると、未使用の紙面の端っこに、その落書きが延々と続いているから見つけるのは容易くなる。

「これって……もしかして……」

試しに数枚捲ってみて、前後のイラストの違いを確認してみる。

「やっぱり!」

 メモの隅っこに描かれた小さな落書き。それは、少しずつ形を変え、動きを付けたモノだという事が分かると、感動が更に強く大きくなった。

「すごーい! すごい上手い!!」

 誰が描いたのか分からない小さな落書きだが、素人が見ても上手いことだけは分かる。それがページを捲る毎に動いていくのだ。この反応は当然の事だろう。

「すごいすごい! 動いてるよぉ!」

 パラパラパラパラ。紙を捲る手が止められない。一枚一枚変化を付けるそのイラストが、紙の中で意思を持ち動き回る。

 全国展開されているチェーン店の、ステーショナリーコーナーに置かれた小さなメモ用紙なのに、そこに広がる無限の世界に、思わず食い入るようにして見入ってしまう。

 そしていつの間にか、残り数枚のところまでメモは捲られてしまっていた。

「…………あ。終わっちゃう…………」

 指で摘まんでみたら残り十数枚と言うところ。一気に捲れば一瞬で終わってしまう小さな物語。それが寂しくて思わず溜息が零れる。

「…………あれ?」

 それでも続きが気になると、無意識に手を動かしてみて違和感を感じた。

「何? この黒い点」

 さっきまで動いていた動物のキャラクターは忽然と姿を消してしまう。代わりに現れたのは、紙の中央に現れた小さな黒い点。

「あのお話、終わっちゃったのかな?」

 それを確かめるべくもう一枚紙を捲ると、その点は更に大きくなって紙の中央に居座っていた。

「この点、何の意味があるんだろう?」

 更にもう一枚。ペラリ、ペラリと紙を捲る度、その点はどんどん大きくなっていく。

 ペラリ、ペラリと捲る度、紙の白い部分がペンで塗りつぶされた黒に浸食され食い潰されていくのだ。そして遂に、白かったメモ帳は完全に真っ黒に染まってしまった。

「何……これ……」

 コレで最後?

 何とも後味の悪い結末。こんなことなら見なきゃ良かったと後悔してももう遅い。

「……はぁ」

 今まで捲ったメモ帳をそっと閉じ、選んだペンを買って帰ろうと思った時だ。

「あれ? もう一枚ある」

 真っ黒に塗りつぶされた一枚で最後。そう勝手に思い込んでいたのだが、メモはこの黒いページの下にもう一枚ある。そのことに気付きそっとページを捲ると、そこに現れた言葉に思わず悲鳴を上げてしまった。


『あなたの後ろだよ』


 店内に響く叫び声。

 驚いた客の動揺する声と、慌てた店員の駆け寄る足音。でも、そんな音よりも気になって仕方の無い雑音が、耳から離れずひたすらに叫び続ける。


『書け、書け、書け、書け…………』


 その声はずっと耳元で響き続ける。

 まるでそれは、メモを見てしまったことを責めるかのように恨みがましく、苦しそうな声で繰り返されていた。

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