第8話 チョコレート
とろとろに溶けたチョコレートにシュガーパウダーを適当にプラス。あんまり甘くすると嫌がられるのかも知れないけど、特別な品なんだから、少しだけ甘さを強めにしちゃっても構わないよね?
滑らかになるまで丁寧に混ぜて、生クリームを加えて更にまぜまぜ。レシピの製作過程を見て順序がちぐはぐなのに気付いたけれど、ものが出来ればまぁいいか。
美味しくなぁれ、美味しくなぁれ。
そんな気持ちをたっぷり込めて、甘い甘いチョコレートを作っていく。
正直な話、チョコレートそのものがスキというわけでは無い。単純に、それを作って相手に手渡す。そのゴールに待つご褒美が目的だから、一生懸命に頑張ってみる。
「ありがとう」だなんて。
受け取ってくれたとき、どんな反応をするのかな?
嬉しそうにニッコリ笑ってくれるのか、恥ずかしそうにそっぽを向きながら小さくお礼を言われるのか。もしかしたら、感極まって思いっきりハグしてくれるかも知れないし。
「キャーッッ!」
妄想逞しいと笑われたって仕方ないじゃ無い。だって、ホントに楽しみなんだもの。
気持ちが昂ぶった結果、少しだけボウルの中から飛び出てしまったチョコレート。ああ、なんて勿体ない。飛び出た分を指で掬い、そのままぱくんと口の中に仕舞ってしまう。
「あっまーい」
そりゃあそうよね。だって、ベースのチョコレートはビターじゃ無くてミルクのやつ。そこに砂糖を足しちゃったんだもの。甘さがマシマシで更に甘くなっちゃってるから。
でも、それを食べるのは私じゃ無いもの。だから関係無いの。そのまま作っちゃう。
丁度良い滑らかさになったところで型にゆっくり流し込む。ヘラで丁寧に伸ばして均等に。ボウルの中に残っているチョコレートも、ヘラでかき集めて全部型に収めちゃったら、そっと持ち上げ冷蔵庫へ。冷えて固まる頃には、程良い柔らかさになっていれば良いな。
出しっぱなしの調理器具を片付けて、仕上げ用のココアパウダーとトッピング用に買っておいたシュガースプレーを用意しておく。
待ってる間にミルクを少し熱めに温めて、その中にココアパウダーの一部を入れてミルクココアを作っちゃおう。まだまだ外は寒いけれど、優しい甘さと内側から広がる温かさで心も体もぽかぽかになっちゃうから不思議だよね。
そんなことを考えていたら、いつの間にか眠くなっちゃったみたい。気が付いたら机の上に腕枕で小さな寝息を立てちゃってた。
「そうだ……チョコ……」
まだ眠い目を擦りながら少し怠さの残る体を無理矢理起こし、固めていたチョコレートの状態を確認するため冷蔵庫の前に立つ。扉を開くと逃げ出す冷気。銀色の型に閉じ込められた茶色の甘味は、程良い堅さに固まってくれているようで、指でつついても簡単に形が崩れる気配は無い。
様々な形に姿を変えたそれらにココアパウダーを満遍なく塗し、シュガースプレーで彩りを添えたら可愛らしいパッケージでラッピング。仕上げはハートのマークのシールと赤色のリボンを添えて、プレゼントになるそれは完成した。
「よし!」
壁掛け時計の針を確認し、気合いを入れるように小さく頬を叩くと、急いで支度を終え家を出る。向かう先は、相手が待っているお家。今日がどんな日なのかは、説明しないでも分かってくれるだろうから、わざわざ電話をかけてアポを取る何てことはしない。
部屋に付いたら予め預かっていた鍵を使って建物の中へ。部屋の場所は既に分かって居るんだ。だって、何度も通ったことがあるんだから。
たった一枚の木製の扉が、私とあの人を隔てるたった一つのモノ。それをゆっくりと開けば、ほらね。あの人は今日もその場に居て、私の訪問を喜んでくれた。
「ねえ! これ」
ビックリした? そりゃあそうだよね。だって、今日来るなんて言ってないもの。
「プレゼントだよ!」
でも仕方ないでしょ? だって、驚かせたかったんだ。
「君が好きなチョコレート。頑張って作ったんだ。だから、ね?」
そう言って手渡したんだけど…………あれ? 何だか反応がヨロシクナイのはどうしてだろう?
「…………どうしたの? チョコレート。好き……なんだよ……ね?」
反応が芳しくないのはちょっと残念。どうしちゃったんだろう? きっと喜んでくれると思っていたのに。
「君のために一生懸命作ったんだよ? 受け取って欲しいなぁ」
嬉しそうに言われるありがとうではなく、恥ずかしそうに言われたありがとうでも無い。感激のハグもないこの反応は予想外で悲しくなってしまう。
「味は大丈夫。ちょっと甘いかもだけど、美味しいよ?」
受け取って欲しい。そんな気持ちを込めて差し出した時だ。
「寄るな! 化け物!!」
ラッピングされたチョコレート。それは勢いよく宙を舞って床の上に落ちる。
「…………来るな…………寄るなっ! 化け物が!!」
可愛いく整えられたハズの思いは、悲しいくらいボロボロに割れてしまって。ぐちゃぐちゃに壊れてしまった可哀想なプレゼントに、思わず涙が溢れてしまった。
「出て行け! 出て行けよ!!」
「…………ああ。やっぱり、君もダメなんだね……」
今度は大丈夫って思ってたのに、やっぱりダメかと吐いた息。
「まぁ、しょうがないか。無理なモノは無理ってことなんだろうし」
それでも私の恋心は、否定されたことでズタズタに引き裂かれて悲鳴を上げてしまっている。
「悲しいなぁ……どうしてだろ……」
なんでいつも間違っちゃうんだろう。一生懸命やってるだけなのに。
「でも、もういいや。君は違うんだって分かったから、それだけでも良かったことだよね?」
精一杯の虚勢で繕う笑顔は、自然に見えているんだろうか。
「ごめんね。でも、私は後悔はしないよ」
机の上に置かれたカッターナイフ。それを素早く手に取ると、音を立てて姿を見せた銀色の刃を振り下ろす。
「大好きだったんだ。君のこと」
一文字に描かれた線から勢いよく吹き出したのは赤い飛沫。勢いがあるのは初めだけ。直ぐに皮膚を伝うようにしてだらしなく流れて落ちていく。
「大好きだったって言う気持ちだけは忘れないで」
最後の言葉は聞く必要なんて無い。一方的に関係を終わらせることで目を背ける現実。
「大丈夫だよ。君は、私の中で一つになるから」
そう。君は私を愛してくれなかった。
でも、私は君を愛してあげる。
「君は私の中で命を紡ぐの。次の世代へと受け継がれていく為の糧になるから、永遠に消えていかないんだよ」
甘い甘いチョコレート。
その甘さを充たしてくれる恋心を返してくれる相手はだぁれ?
「永遠に。愛してあげる。このチョコレートみたいに、ね」
溢れ出た赤を指で救うと、その甘い味に嬉しくて笑みが零れてしまった。
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