第53話 会えたのに会えない
あたしがぼーっと見ていると、パパはカップをセットしだした。
はっとして姿を現して近づき、コーヒーのポットに手を伸ばしたパパの袖をつかむ。
パパに何か言うときのあたしのクセ。
どんなに忙しくても、その時はあたしの顔をにっこり見てくれたものだ。
でも今は、あたしがパパと呼びかける間も置かず、パパはぐいっと手を振り離した。
「…パパ?」
パパは袖のあたりを眉をしかめて見ている。
あたしの姿は見えないようだ。
よろっと椅子に座り頭を抱えパパはつぶやいた。
「…さやすけ」
これは小学校に上がってからは呼ばれなくなった、小さい頃のあたしのあだ名。
あたしが分かったのかと顔を覗き込んだが、そこには苦悩に歪んだ顔があった。
その顔はただただ失ったものを嘆き、あたしに視線を向けることは無かった。
その時、部屋の外からてんくんの明るい声が響いた。
あたしははっとして姿を消し、パパをちらっと見たあと壁を抜けて外に出る。
部屋に入ったてんくんが「先生、どーしたの?」と言うのが聞こえる。
「…ああ、大丈夫、ちょっと考え事をしてただけだよ」
パパの少しかすれた声が答える。
あたしはそのままズルズルと通路に座り込んだ。
胸のあたりに空洞があった。
やっと会えたけど、このままずっとあたしは気付かれないままなんだ…
何かすればするほどパパを苦しめる…
胸の空洞が膨らんであたしは苦痛にうめいた。
無意識に口が動く。
「…お姉さん!」
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