第38話

病院って人が多すぎてちょっと困ってる。

夜はさておき、日中は特に医師の巡回や看護師さんが点検に来たりと忙しい。

その上、食事の配膳や見舞客などもあって案外騒がしい。

患者さんも検査があったりすると、けっこうせわしなかったりする。


お姉さんのところは3人だけだったから、気を使うようなことはなかった。

だけど今は、てんくんの部屋以外は姿を消すようにしている。

あたしが見えない人の方が大半なのが分かったから…

見える人との話しが合わなくなっちゃうんだよ。

これが何回も起きると…ちょっとね。



「さやちゃん、見て! これ、すごくない?」

てんくんはそう言って膝の上に開いた本の写真を指差す。

お気に入りの『変形菌』(粘菌)の本だ。

てんくんに聞いて、あたしは初めてこの不思議な生物『粘菌』のことを知った。

『粘菌』はある時は植物、ある時は動物、ある時はきのこのようだ。

変形体の時は時速数センチでゆっくり動きながらエサを取って増殖、合体する。

子実体(実は分泌物)の時は胞子を吐き出し、新たな変形体を生み出す。

このホコリのような胞子は雲の核にもなり、雨との関係も取沙汰されている。

全く別の生物のように形を変えてしまう能力にはあきれてしまう。

その上、迷路の出入口にエサを置けば、最適解に整列する。

地形的実験では、鉄道網と同じ形になるなど興味深い。

この知性さえ感じさせる生物は、菌と名はつくもののアメーバーに近いらしい。

てんくんは瞳をきらきらさせて、そういったことを詳しく力説する。


「子実体になった時って、ほんとカッコいいよね。」

難しい言葉を駆使するてんくんは、あたしの知ってる5歳児とはずいぶん違う。

いや、同じところもあるか。 興味のあることにまっしぐらなとこなんかは。

この他にも『クマムシ』や『珪藻』など、てんくんの興味は尽きない。


『粘菌』も面白いけど、あたしはガラス細工のような『珪藻』も好きだな。

これはそこら中にあるらしいけど、細胞膜がガラス体という変わり者だ。

精巧に作られたガラスのビーズのようで、見ていると嬉しくなってしまう。

星、どら焼き、風ぐるま、よつかどの手裏剣、唇などいろんな形をしている。

集めて手の中で振ればカラカラと音がしそうだ。

もっとも小さすぎて見えないからそんなこと無理だけど。



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