第94話 社畜と小説家
ぜんぜん小説を更新していませんが、書いていないわけではありません。こつこつと三題噺の下書きをしているのですが、珍しいことが起こりました。
ぜんっぜん、おもしろくない!!
書きあげる前に、これほどおもしろくないと思える小説を書くのは久しぶりです。どれほど時間がかかっても書きあげようとは思っていますが、三題噺としても、小説としても腹が立つほど出来が悪いです。いま書いているのは「パズル」「田舎」「銅像」の三題噺です。
期待せず、お待ちください。
☆
さて、エッセイのネタはありませんが、エッセイを書かないとカクヨムのなかで埋没していくいっぽうなので、無理矢理でもネタを見つけて書いてみようと思います。
今日のネタは「社畜」という言葉。
カクヨムにも「社畜だったおれが異世界転生して……」なんて感じの異世界ファンタジーとかありますよね。あの社畜です。ネットで調べてみると――。
『社畜』
社畜(しゃちく)とは、主に日本で、社員として勤めている会社に飼い慣らされ、自分の意思と良心を放棄し、サービス残業や転勤もいとわない奴隷(家畜)と化した賃金労働者の状態を揶揄、あるいは自嘲する言葉である。1990年(平成2年)の流行語の一つに挙げられている。(Wikipediaより抜粋)
1990年の登場ですか。早いな。21世紀になってから生まれた言葉だと思っていました。でも、90年というのは、この言葉が生まれるのにふさわしい時代だったかもしれませんね。90年というのは、バブル経済期でめちゃくちゃ景気がよかった頃です。
80年代までは、一生懸命に働いて、お金を稼いで、幸せになるという「人生モデル」があったように思います。働ければ働くほど、その人は豊かになれるというモデルです。
80年代後半に入って、時短(じたん)という言葉が脚光を浴びるようになります。ここでいう時短は「労働時間の短縮」のことです。週休二日制を導入する企業が増え、学校でも段階的に土曜日が休日になっていきます。ころころまでは、会社のために長時間労働をいとわず、休日返上で働く社員は良い社員でした。
――24時間働けますか。
というCMが流行りましたが、これは時短の風潮を逆手にとったコピーがウケたんです。「24時間働くなんてありえないよな」と働き過ぎていた過去の日本人を揶揄する意味もあったと思います。この頃、日本人は「会社のために自分の時間を犠牲にして働く」ことに疑問を持ちはじめたのだと思います。
そういう時代を経て30年。
いまは「働いても収入は増えない(働いても幸せになれない)」時代ですよ。高度経済成長やバブル期の会社員ならいざ知らず、会社のために自分の時間をすり減らして働くことにどいう意味があります? お給料増えないんですよ。そりゃ「社畜」という言葉が、SNS上で、小説投稿サイトで飛び交うわけです。
80年代までは、労働者が働けば働いた分だけ会社がもうかり、給料も増えるという図式が生きていたかもしれませんが、20年代のいまでは、労働者にが無給で働くこと(サービス残業など)抜きに、会社がこれまでと同じだけの実績(利益)を上げることが難しくなっているんじゃないでしょうか。
あー、まとまりのないことを書いてしまった。
頭か回ってない。わたしも働き過ぎかな……。えっ、小説ばかりにうつつを抜かして働いてないんだから、むしろ給料泥棒だって?
むう、そうかもしれない(笑)
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