第37話 その作品は面白くて怖かったです

 4月7日に藤子不二雄Aさんが亡くなったというニュースを見た。


 藤子不二雄のマンガで育ったといっても過言でないわたしにとっては、「いつかそうなるんだろう」とは分かっていてもショックだった。


 ――そうかあ。藤子不二雄Aさん亡くなったのか。


 昭和生まれの人には言うまでもないことですが、藤子不二雄Aさんは漫画家です。代表作は、『怪物くん』『忍者ハットリくん』『プロゴルファー猿』といったところでしょうか。『笑ゥせぇるすまん』を含めてもいいかもしれない。


 なんで藤子不二雄「A」なのか。本名は、安孫子素雄さんというんですけど、小学校の同級生だった藤本弘さんと二人で組んで「藤子不二雄」としてデビュー。二人でひとり。藤子不二雄として数々のヒット作を世に送り出してきました。


 ただ、『ドラえもん』大ヒットをきっかけにマンガ・アニメで藤子不二雄ブームが起こり、いくつもの藤子作品がアニメ化されましたが、藤本さん作画の作品が安孫子さん作画の作品より売れる状況が明らかになってくると、外野からいろいろと言われることが多くなったんでしょうねー。ふたりはコンビを解消し、安孫子さんは、「藤子不二雄A」として、藤本さんは「藤子・F・不二雄」としてそれぞれ独立したのでした。


 ま、わたしにとっては、いつまでも二人そろって「藤子不二雄」なんですけどね。


 作風は、重くて暗い。藤本さんの作品が『ドラえもん』『パーマン』『キテレツ大百科』と明るく知的でスマートなのに対して、安孫子さんの『怪物くん』『忍者ハットリくん』『笑ゥせぇるすまん』は、暗い陰をまとった土俗的なイメージ。ベタ(一定の範囲を黒く塗りつぶした表現)を多用する画面の作り方もあって、藤本さんが「白藤子」なら、安孫子さんが「黒藤子」といったところでしょうか。


 安孫子さんは、影とか闇とか異形のものに惹かれる性向があったのだと思います。


 例えば『笑ゥせぇるすまん』の主人公、喪黒福造もぐろふくぞうはいっさいの感情を表さない異形の人で、行きつけのバーの名は「魔の巣」、仕事は人間の後ろ暗い欲望につけ込んだ奇妙な商品を売りつける(と言ってもタダなんですけどね)セールスマンです。商品を買った人は、その商品の不思議な力で一時幸福感を味わいますが、多くの場合、自分の欲望の制御が効かなくなって結局不幸な結果を招いてしまう――というブラックジョーク・マンガでした。


 人間の弱さ、愚かさ、だらしなさを笑いに包んでわたしに差し出してくれた漫画家が藤子不二雄Aだったのだと思います。


 あの世にいったら、もうあれこれいう人はいないと思うので藤本さんとふたりまた藤子不二雄として漫画を書いていてほしいです。

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