約束

「ねぇ、どれにする?」


「どうしよっかな。いっぱいあって迷うよな」


「早く選んでよ〜」


「じゃあ、このチョコのやつにするよ。理央は?」


「えー、いっぱいあるし迷っちゃうなぁ…」


「おい、人には早くっていうくせに」


 理央はドーナツに夢中で何も聞こえていないようだった。


「このイチゴと抹茶のやつにする」


「分かった。持って行くから先に席に行ってて」


「うん」


「さ、食べようか」


 近くの席に小さい子供がいた。理央はそれを眺めていた。まるでドラマでも見ているような微笑ましい家族の姿。子供を中心に夫婦が自然な笑みを浮かべ会話している。


 その子は食べていたドーナツのクリームで口の周りが嘘みたいにベトベトになっていた。たったそれだけの事だけど、夫婦は溢れる程の笑顔でこれ以上ない幸せを感じているように見える。


 視線を戻すと、子供を見ていた理央は俯いていた。俺はその様子に言葉をかける事が出来なくなった。


 すると、おもむろに理央は顔をあげた。


「メガネ」


「えっ?」


 突然の事で、理解が追いつかなかった。理央は買ったドーナツを2つ目の前に持ってメガネみたいにしている。


「伊達メガネ」


「うん、だから面白くない」


「何で? 追いメガネめっちゃ面白くない?」


 何だよ追いメガネって。そこはスルーした。


「たぶん、笑う人いないんじゃない?」


「そんな言うなら、めぐるもやってみてよ」


「いやいや、もう普通に食べようよ」


「そうだね」


 無理してるんだろうか。心配させないようにしてるのかな。普段こんなことするキャラじゃないのにな。辛いの隠してるんだよねきっと。


「どう?」


「美味しい」


 俺は意を決した。ドーナツの真ん中の穴が塞がる程押し潰して、口元に持ってきた。


「ねぇ、理央。タラコ唇」


「フフッ。何それ。めぐるも全然面白くない」


「いやいや、笑ったじゃん」


「呆れ笑いだよ」


「何笑いでも、笑ったらいいんだよ」


 喜んでくれてよかった。笑った後、理央は思いを話し始めた。


「あんな家族になりたいな」


「……。そうだね、2人で頑張ろ」


「私達のところに来てくれるかな……?」


「きっと大丈夫だよ」


「うん。そうだよね」


「その前にもっと、笑いのセンス磨かないとな」


「アハハ、そうだね。笑顔のない家庭は嫌だしね」


「2人の子、想像つかないね。どんな子かな?」


「本当想像つかないよね。だからこそ、楽しみってのもあるけど。あのね、めぐる」


「ん?」


「私は子供にも会いたいけど、大好きなめぐるが一生懸命パパしてるところも同じくらい見たいんだよね」


 この理央の言葉に心がグッときた。他の誰でもなく俺を求めてくれる事に素直に嬉しかったんだ。


「ありがとう。理央。そう言ってくれると嬉しいよ。俺、一生懸命頑張るから」


「約束だよ……ねぇ、ドーナツもう1個食べていい?」


「えっ? 食べ過ぎじゃない?」


「やっぱ2個いこっかな…」


「おい、いい加減に……」


 だんだんと、2人の声が遠くなっていく。あ、そうか。いま夢見てるんだ。このタイミングで俺は夢から醒めた。


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