問4−7

 心が落ち着く間もなく、秋風のことを思い出した。早く伝えないと。


 エレベーターを待ちきれず急いで階段を駆け下りて1階へと向かった。頼む、間に合ってくれ。息を切らしながらも全力で走った。


 1階へ到着すると、少し前に見た秋風が歩いた廊下を進む。いくつも並ぶ扉。最後に見た秋風の記憶。おそらく、この扉から先のどこかだ。


 そして、先を見て絶望する。血が出ていない扉は1つしかなかった。


 まさか、嘘だろ。俺は誰も救えないのか……?


 頼むここであってくれ。遠慮も躊躇もなく、力一杯扉を叩く。


「秋風っ! 回答するな! 答えが分かった!」


 するとその時、嫌な予感がした。ふと、下を見るとまさに今扉の隙間から赤いドロドロの液体が流れ出る所だった。


「そんな……うわぁぁぁあああああ゛あ゛」


 背負い切れない罪悪感。計り知れない心の重み。あまりの出来事に力が入らなくなり、扉に寄りかかった。


 間に合わなかった。考える時間がまだあったのに、答えを秋風に押し付けて取り返しのつかない事をしてしまった。


 今さらになって、あの時こうしていれば、なぜあの時こうしていなかったと、味わった事のない罪悪感が俺の心を乱暴に掻き混ぜる。


「はぁ……」


 深いため息をついた時、横から聞き覚えのある声がした。視線を移すと、そこには死んだと思った秋風が立っている。


「おい、勝手に殺すな」


「なん……で?」


「いや、俺の部屋あそこだから」


 事情を聞くと、手を挙げて別れたときには部屋を行き過ぎていたらしい。カッコつけた手前、俺がいなくなってから戻ったらしいが何にせよ生きていて良かった。


「上で叫んでいたようだが何かあったか?」


「あぁ。正解が分かった。それに……」


 出来事の詳細を秋風に話した。芦屋さんを助けられなかった事。芦屋さんのおかげで答えに辿り着くことができた事。そして、問の答えを伝えた。


「なるほど。そういう事だったのか。芦屋さんの分まで何としても生きよう」


「また、後で」


 短い決意を残し自分の部屋へと戻った。扉を開くと朝と変わらず刺激的な装いで妻と名乗った女性がエプロン1枚で出迎えてくれた。


「あなた、お帰りなさい」


「ただいま」


「私にする?」


「えっ?」


 俺で遊ぶのをやめてくれないか。少しドキッとしたことを反省する。


「冗談よ。回答だよね、どうぞ」


「回答は……」





「子供」


 なぜか、目の前の女性はもじもじと顔を赤く染め恥じらっている。


「……欲しいの?」


「いや、回答だから」


 フザケてるのか、真面目なのか、恥じらっているかと思えば急に真剣な表情に切り替わった。


「正解よ」


「良かった。やっぱり合っていたんだな」


「まだ、引き続き問があるの。もう1度テティスに会いに行って。場所は広場よ」


 ホッとする間もなく、次が来た。正解できた安心感、人を失った喪失感、また次の問を回答しなければならない義務感から複雑な心情になる。


「行ってきます」


「気を付けてね」


 見送ってくれた彼女の微笑みは優しかった。


 マンションの入口には秋風がいた。


「正解だったな」


「ああ、良かった。芦屋さんのおかげだ」


「よく気付いたよ」


「危なかった。不正解に誘導されるところだった。まだ時間はあるのにこんなに不正解者が出るなんておそらく誘導されたんだろうな……。ただ、俺はずっと引っかかっていたんだ、テティスの言葉が」


『相手にしているようで実はそれ以上に相手から大切なものをもらっている。その事を忘れている人が多い』


「お前よく覚えてるよな。俺は気にも留めなかったがな」


「俺達はずっと親が子に何が出来るかだけを考えさせられていた。でも、そこじゃなかった。親が子だけにしているようで実は違う。子がいるからこそ人は親になれる。子育てを経験できる。かけがえのない時間を子からもらっているんだ」


「確かにな」


「俺は不妊で子供を授かれなかった。だから自分には親になる資格がないとずっと思っていた。悲しいがその通りだった。そのせいで自分が価値のない人間だと思った事もある」


「親になれなくても間違いなく価値はある。俺や芦屋さんがこんな世界で前へ進む希望を感じたように、お前の影響力は自分で思ってるより凄いものがある。人は知らない所で誰かの役に立っているもんだよ」


 秋風の思わぬ言葉に思わず心が熱くなった。


「そうか。ありがとう」


「まだ、次がある。何としても次も突破するぞ」


「ああ。そうだな」


 俺と秋風はテティスと出会った広場へと向かって行った。

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