問4−6

「スタート地点も同じだったんだな。行こう」


 来た道順を戻った。どうやら秋風も同じマンションからスタートしたようだった。


「いよいよ、回答だな」


「あぁ、正解を祈ろう」


「俺は1階なんだ」


「そっか……次の問でまた会うぞ」


 秋風は返事の代わりに手を挙げて通路を進んでいった。


 エレベーターに乗り込み、スタートした階へと戻って行く。まるで、天国へと昇っていってるような気がした。


 エレベーターを降り、通路を進む。


「えっ……」


 降りてすぐの1番近い扉の下から大量の血と思われる赤い液体が流れている。不正解はこうなると分かってはいるが、改めて震える程の緊張を感じた。


 スタートした部屋の前まで戻ってきた。高まる緊張感。ノブに手を掛けたとき隣の扉が開いた。


 その扉から出てきたのは芦屋さんだった。


「やぁ、纏井くん。隣だったの? 近くにいたんだね」


「びっくりしました。芦屋さんはずっとここに?」


「流石に問がわからないとね。問を聞いたらすぐに戻って来たよ」


「えっ。答え分かったんですか?」


「分からなかった。でも、答えは決まった」


 芦屋さんの表情はどこか満足しているように見えた。迷いがない感じ。悔いがない感じ。何となく嫌な予感がした。


「ちょっと待って下さい。僕が辿り着いた答えもあります。それは親に資格なんて必要無いです。現実、どんな人間でも親になる事ができますから」


「あぁ〜なるほど。よく思いついたねその答え……ただ、私は違うと思うんだ」


「今考えられる中で有力な気がするんですけど、ちなみに芦屋さんの答えって?」


 そう問うと穏やかな表情と口調で話を始めた。


「娘がいるんだ。結婚して、子供が生まれるんだ。孫ができるんだよ」


「それは、おめでとうございます。そんな時に、こんな事をさせられて辛いですよね。何としても生きてお孫さんを抱っこしましょう」


「……。私は娘が生まれてからも仕事仕事でね、ロクに育児なんか手伝った事もない。何もかも妻に任せきりだった。最低だよな。もちろん、家族への愛情はある。信じられないだろうが家族の為に仕事を精一杯に頑張ったと言えるくらいだよ」


「俺は分かりますよ、時代のせい…と言えばそれまでかもしませんが、今よりよっぽど厳しいってのは理解できます」


「ただ、家族は違うよね。家族の為に働く何てのは苦し過ぎる言い訳だったよ。ヒドイ時は何ヶ月も話を聞いてくれなかったし、家族にとってほとんど家にいない私は他人の様な存在だったんだ」


「そんな事が…」


 憂いを帯びた表情が優しい笑みへと変わっていった。


「でもね、娘が結婚して子供を授かった時に言ってくれたんだ」


「どんな言葉を?」


「私とお母さんを守る為に一生懸命働いてくれてありがとうってね。思わず涙が止まらなかったよ。父親として認められたんだとね」


「良かったですね……」


 ん……?


「あぁ。だから、迷うことなく決めたんだよ。回答は家族への愛情だよ。一生懸命な思いは必ず伝わる。この問の答えとして違っていたとしても私はこの答えに胸を張る」


「あ……あっ……分かった、答え」


 ずっと引っかかっていた何かが取れた。有力から確信へと変わった。


「本当かい?」


「えぇ。ずっと気になっていたんです。テティスの言葉が。その意味が芦屋さんのおかげでようやく分かりました」


 テティスの言葉がフラッシュバックする。


『相手にしているようで実はそれ以上に相手から大切なものをもらっている。その事を忘れている人が多い』


「やっぱりスゴイね、纏井くんは。最後まで諦めない姿勢に感心するよ。君なら立派な父親になれるんだろうなぁ」


 心抉られる優しい言葉。


「さ、回答しましょう。答えは……危ない芦屋さん!!」


 その時、芦屋さんの部屋の扉からウネウネとしたモノがゆっくりと体を動かして芦屋さんの頭上へ向かう。大きく口を開き、空腹を思わせるヨダレのような液体を垂らしながら迫っていく。


 その様子に全く動じることなく穏やかな口調で呟いた。


「実はもう、回答したんだ。親の愛情ってね」


「そんな……。もう少し早く気付けていれば」


「纏井くんのせいじゃないよ。最後に纏井くんの様な立派な人に会えて良かった。君なら必ず全ての問を突破できるはず。あとは頼んだよ」


『未来へ望みを託すって大事だよね?』


 優しい表情と言葉、最後に芦屋さんは何かを呟いたあと部屋の奥へと引きずり込まれていった。慌てて扉を開こうとするもびくともしない。


 扉越しに不快な咀嚼音を響かせた後、扉の下からは大量の血が流れ出てきた。俺は感情を抑えることができず、自然と涙が零れた。


「くそぉぉぉぉぉおっ」






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