問4−5

 優しい温もりが唇に伝う。生きる為に必死だったとはいえ、優しくない罪悪感が俺を責める。


 少し距離をとると、彼女は話し出した。


「まず聞くけど、あなたの答えはある?」


「今は経済力が1番具体的で有力じゃないかと思ってるんだ」


「そっか。なら、経済力さえあったら他は必要ないのかな?」


「必要ないことはないけど、どれも1つに絞れないんだよ」


「じゃあ、全部必要ってことじゃない?」


「なるほど、そういう選択肢もあるってことか……」


 今までの記憶を呼び起こす。改めて想像してみる。それって一体どんな親なんだろうか。家族への愛があって、友達がいて、コミュニケーションが上手くて、仕事ができて経済力があって、思いやりがあって……。まるで絵に描いたような理想の親だな。


「……」


 女性は黙って俺の反応を伺っているようだ。


「現実、こんな理想的な親ってなかなかいないよな」


「そう。なんか理想論って感じよね。現実ってもっと残酷。それが答えなら、ゴミのような親のせいでたくさんの子供達が悲しい思いなんてしないはずよね?」


 何となくこの女性の言いたい事が分かった気がした。


「なるほど。全部必要なんじゃなくて、逆に親の資格なんて最初から……」


「そう、ないってことよ。どんなクズでも親になれちゃうのよ。だから、政府はこの調査で一掃しようとしてるんじゃないかしら?」


 確かに今までで1番しっくりきた。ピンポイントに経済力と答えるよりよっぽど可能性がありそうだ。


「ありがとう。君のおかげで選択肢が広がったよ」


「いいえ。お互い生き残れるといいね。私はもう待つ恐怖に耐えられないし、家に帰って回答することにする」


「正解だといいな」


「うん……じゃあね」


 小さく手を振り女性は歩いて行ってしまった。よし、後は秋風と芦屋さんに伝えるだけだ。少し希望が見えた気がした。


『ふふ。たまには息抜きも大事だよね?』


 背を向けて歩き出したその時、女性が何が呟いた気がしたが聞こえなかった。


 公園にはほとんど人がいなくなってしまった。あと何ができるか思いつかない。だけど、今は有力な回答が得られた事でどこか安心している自分がいた。


 見上げると太陽は暖かく俺を照らす。青い空は俺の心を浄化する。鳥達は俺の心を知りもしないで自由に羽ばたく。


 安堵からかとてもお腹が空いた。喉も乾いた。意識調査が始まってから時間に追われ、がむしゃらに駆け抜けてきたんだ。


 まさか、終わるまでこのままなのか?


 お金を持ってないことを思い出すと、途方に暮れそうになるがふと鞄を持っていたことを思い出した。開くと中にお弁当と水筒が入っている事に気付く。


 危険かもしれないが欲求には勝てなかった。おにぎりとおかずが入ったお弁当をすぐに食べ終えた。


 生きてる事を強く実感する。美味しい。極限まで追い込まれると何気ない事がこんなにありがたく感じるんだな。


 その後、しばらくすると秋風が戻ってくるのが見えた。何かヒントを得ただろうか? 内容次第ではもう回答を考えてもいいかもしれないな。


【残り 14:49:38】


 秋風は隣に腰掛けた。


「やはりどれも決め手に欠けるな」


「そうか。例えば何があった?」


「道でふらふら歩いて事故に合いそうな子供がいた。注意したら、子供を守る力が大事なんだと。あとは、社会のマナーを守る事だったり、笑顔が大切とかそんなのだ」


「お前……笑うのか?」


 何とも言えない沈黙の間が生まれた。


「……お前こそどうだ?」


「芦屋さんとはまだ会えてない。ただ、1つ有力と思える手掛かりを得た」


「本当か?」


「ああ。その答えは、親に資格なんて必要無い。だ」


「なるほど。そういう考え方か」


「今、1番納得できるしこれじゃないかと思うんだ。そして、他に無ければ俺はこれで回答しようと思ってる」


 秋風は顎に手を持っていき思考している。しばらく黙ったあと口を開いた。


「確かに、闇雲に回答するよりかは可能性が高そうだな。今まで得た全ての項目は必須じゃなく、あった方が望ましいって事だもんな」


「そう言ってもらえると心強いよ。俺はこれで回答しに戻る事にする」


「いや、俺もだ。おそらく、これ以上ヒントを得ようとしても同じようなものばかりで厳しいと思う。お前どこから来た?」


「電車乗ってすぐの駅近くのマンションだよ」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る