問4−2
何もかも準備されたシチュエーション。サイズ丁度の革靴。扉を開こうとしたその時、後ろから声がした。
「いってらっしゃい」
名も知らない女性が言ってくれたその言葉はとても懐かしく遠く感じる日を思い出させた。
「行ってきま…す」
女性はエプロン1枚の姿で手を振っていた。そんな偶然あるわけないと思いつつ、最後に会った理央との思い出と重なる。顔を赤くしてしまいながら扉を開き外へと踏み出した。
「知らない場所だな」
どうやら俺は知らない土地の知らないマンションにいるらしい。そんな中、唯一の道標であるスマホに従えばいいだけだ。とりあえず北か。
下を見下ろすと地面が遠く見える。マンションの上階の方なんだな。とりあえず、エレベーターの方へと向かった。
エレベーターまでいくつかある扉。最後を通り過ぎようとした時、中の声が外に漏れて聞こえてきた。
「ん…っ…ん…はぁ……」
快感を堪えているような艶のある卑猥な喘ぎが扉の中から聞こえる。その音は中で行われているであろう愛を想像させてきた。
自身に起きたわずか数分前のシチュエーションを思い出す。なぜか、急に人の温度の安心感に縋りたくなった。
目の前の死にずっと怯えるくらいなら、一時の快楽に逃げて何もかも忘れられる程に乱れてしまえば良かったのかな……。
心の弱さに支配されてしまいそうになるが、何とか足を前へと進めていった。
エレベーターで1階へ行き、道路へと出た。そこには変わらない日常があった。行き交う車。歩く人。何もかも新鮮に見えた。今ここで、殺されそうなんだ、助けてくれなんて叫んでも俺が不審者になるんだろうな。
まぁ、従うしかないな。目の前の横断歩道。渡った先のコンビニ。そのまま少し歩いて先へ向かえばもうすぐナビの指す目的地だ。目的地は駅だな……?
次は何が起こるんだ。そして、ナビの指すポイントへと到着した。
場所は駅前の広場。たくさんの人で溢れる中、ある1人の人物の近くから問の象徴である帯が視界に入りすぐにポイントを見つけることができた。
その場所にはパリッとしたスーツを身に纏い、その佇まいだけで仕事ができるキャリアウーマンを思わせる女性がいる。上品な雰囲気は近くを通る人を思わず振り向かせてしまう程に輝いていた。
日常ならとても敷居が高くて話しかけるなんて気が進まないが今は違う。ほんの一瞬も躊躇することなく見覚えのあるその女性に声をかける事ができた。
「テティス、今回の問は何だ?」
空を見上げていたかと思うと、こっちに視線を向けてきた。そして、改めて声をかけた俺の方へと顔を向ける。
前に会った時と違う髪型や服装だがこんなにも人のイメージが変わるのかとそのギャップに少しドキッとした。
「おはよう。纏井さん。今日はとってもいい天気ね」
何で名前を知っている……? いや、もう何が起きても驚く事なんてない。今は生き残る事を考えるべきだ。
「ああ、そうだな」
当たり障りのない返事をした。今はこの女の様子を伺うしかないんだ。
「ねぇ……。人との関わり、思いを伝える事、思いを聞く事。意思を通い合わせるコミュニケーション。まずはその第一歩としての挨拶。それ、とても大事なことだと思わない?」
早く問を教えろと詰め寄りたくなったが、ぐっとこらえて慎重に言葉を選ぶことにした。
「あぁ。悪い。おはよう、テティス。挨拶は確かに大事だよな」
大事、か。どこかで聞いたようなフレーズだな。
「そう。挨拶もだけど、相手にしているようで実はそれ以上に相手から大切なものをもらっている。その事を忘れている人が多い」
「しているようで、されている?」
「そうよ」
一体、何が言いたいんだ? 理解できずにいた言葉に疑問を感じて思考していると、それを待たずにテティスは続けて話し出した。
「そこで問う。今回の内容だ」
帯に内容が表示された。それは正解があるなんて思えない驚くべきものだった。
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