タイミング

 人生においてタイミングは大切だと思う。


 だがそれは人の持つ運であり、どうすることもできない。


 だからこそ人は、日々努力し、良い幸運と巡り会えるように祈るんだ。しかし、どんなに努力しても全ての人が幸運に巡り会えるとは限らない。


 人との出会いが正にその一例だといえるだろう。


 親友、恋人、人生を共にするパートナーとの出会い。


 そして、パートナーを望む者は誰をパートナーにするかによって大きく運命は変わるんだ。


 ある日突然、理央は言った。


「めぐるは子供欲しい?」


「急にどうしたの?」


「そろそろ、出来てもいいのになぁって」


 確かに言われてみるとその通りだった。避妊をしなくなって半年くらい経つが今の所妊娠はなかった。


「確かにそうだね」


「私ちょっと調べたら、不妊って1年経っても出来ない時らしいよ。何かちょっと不安になっちゃって……」


「まだわからないし、もう少し様子見てみようよ」


「うん。そうだね」


 避妊をやめてから1年経っても妊娠する事はなかった。


 二人で不妊治療専門の病院に訪れた。


 まず、人の多さに驚いた。これほど多くの人が不妊に悩んでいる? 少子化などという言葉は幾度となく耳にするが、それを踏まえて見ても衝撃的な光景だった。


 医師と話をした。まずはタイミング法という方法を行う事になった。文字通りタイミングを合わせるだけ。


 排卵のタイミングを確認し、医師が決めた日にセックスをするだけ。話を聞くと何て簡単なんだと拍子抜けする程だった。


 しかし、それは簡単な事じゃなかった。


 それは病院を訪れたこの日から、愛情確認の行為が何としても果たさないといけない義務に変わったからだった。


 何気ない日常。変わらない朝。普段どおり。


「理央。行ってきます」


 神妙な面持ちで理央は呟いた。


「気を付けて行ってらっしゃい。めぐる……今日がタイミングだからね?」


 そうだった。今日は妻とセックスしなければならない日だった。昨日でも明日でもなく今日。どんなに疲れてても今日。どんなに気分が乗らなくても今日。


 仕事が大変? 激務? 残業? ストレス?


 違う違う。子供が欲しいなら今日なんだ。また、来月なんて軽く言えない。だって、不妊治療は早い方がいいから。高齢になればなる程、成功率が下がっていくから。それだけじゃない。様々な病気等のリスクだってあるから。


 そう分かっていながら、疲れを言い訳に俺は帰宅後ソファで眠ってしまっていた……。

目を覚ますと、泣きながら怒る理央がいた。


「めぐるは本当は子供なんてどうでもいいんでしょ?」


「そんな事ないよ……ごめん。疲れてて……」


 子供って何だっけ? 二人の愛の形?


 その子供を作ろうとすると二人の愛がどんどん壊れていく。そんな気がした。


 それから何度かタイミングを合わせても、妊娠に至る事は無かった。


 様々な検査をしたが、俺にも理央にも原因らしい明確な原因が見つからなかった。これは最悪のパターンだと思う。


 原因不明の不妊。全体の10%程らしい。今の医療技術では分からないということみたいだ。そこで、俺と理央は次のステップに進む事にした。

人工授精。体外受精。と、段階を進めてもそれでも最終的に妊娠まで辿り着く事はできなかった。


 高額なコスト。とてつもない精神的疲労。不妊治療が特に辛いのはゴールが見えない所。報われない所。諦めきれない所。


 終わりのない問が永遠に俺の中に駆け巡る。なぜ?


 俺達は子供を授かったらいけないのか? 世の中には望まなくても妊娠するような奴。妊娠しても下ろす奴。かけがえのない我が子を虐待するような奴。どうしようもないクズが山ほどいるっていうのに。


 正直、子供は絶対欲しいと願った事なんてない。いつか気付いたら父になっているんだろうなぁぐらいだった。


 もちろん、子を持たない人も自分自身が子を持たない人生だって大いにアリだと思った。なのに、何でだろう。


 子を持たないが、子を持てないに変わった時。


 俺という人間を否定された気がした。


 俺達夫婦が無価値であるようにさえ思えた。


 不安、不満、絶望、支え合うパートナーだったはずなのにお互いを傷つけ合う。


 そして、悩みに悩んで辿り着く最悪の思考。


「めぐる、ごめんなさい。私が原因なんだきっと……。私が何か悪い所があるんだ」


「それはわからないよ。俺かもしれないし……また、もう一度頑張ってみよう?」


「頑張るっていつまで? いつまで続くの? ねぇ、めぐるは本当に子供欲しい?」


「……」


「私じゃなかったら上手くいくのかな?」


 俺が何も言えずにいると、こらえていた涙を流し理央は今まで我慢していたであろう言葉を口にした。


「私と別れてもいいんだよ……?」


 気付いたら俺も泣いていた。


「理央こそ別れてもいいんだよ?」


「……」


 しばらく泣いてスッキリしたのか心が少し落ち着いた気がした。


 俺は向き合えるのか。子を諦められるのか。悩みに悩んだ末の結論。


 ……諦められる。だって、誰でもいいわけじゃない。理央とだから子を欲しいと思えたんだ。それでダメなら他に選択肢なんてなかった。


 「理央。もう諦めようか」


「うん、そうだね……」


「それでも俺と一緒にいてくれますか?」


「うん」


 この時の辛い気持ちを忘れない。この辛さを乗り越えた二人なら一生一緒にやっていける。この瞬間を深く心に刻んで理央を強く抱きしめた。


 危うく大切な人を失う所だった。


 しかしもう、妻は離さない。何があっても。


 改めて誓おう。理央ずっと一緒だ。


 そう誓ったばかりなのに。


 突然始まった意識調査で殺されそうになっている。何度も命の危機があった。目の前で人が無惨に殺された。


 だが、負けない。絶対生きて、再会するんだ。


 その強い思いが無いと簡単に心が折れてしまいそうな程ギリギリだった。


 次の問。もう逃げられない運命だと悟りつつ、覚悟して進んでいった。






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