問2−2

■問2

【秤はどちらに傾くか】


 左の秤・子の命

 右の秤・大人の命

 動かない


 制限時間10分



 どちらに傾く?


 間違えば、死か。ちらっと下を見るとウネウネと肉を欲していそうな輝く尖りが蠢く。


 問を出された瞬間、小さくどよめいた気がしたがほとんどリアクションもなかった。


 それもそうだよな。簡単すぎる。聞いた瞬間に自然と思考が働いた。テティスの言葉を聞いた後なら、誰もが同じ答えに辿り着くはず。


 それは……。


「答え、子の命じゃないかな?」


 俺の隣にいたおじさんが話しかけてきた。


「え、えぇ。何となくそんな気もしますね」


「私は芦屋あしやです」


「俺は纏井です」


「さっきの電車といい、今といい、何となく趣旨も分かってきたよね。子の命の大切さ。それを確認させたいんじゃないかな?」


 ちらっとスマホを見た。


 残り【09:30】


 まだ、わずか30秒しか時間が経過していない。本当にこれだけの時間が選択に必要なのか?


「この問、本当にそんな簡単ですかね? 内容のわりに考える時間が長過ぎるような……」


「うーん。どうだろう。振り返ってみればさっきの電車も簡単だったからね。簡単というよりはただの親切だよね。目の前の妊娠を示すマタニティマークを付けた女性に席を譲れば電車から降りられた」


 まじかよ。そうだったのか……妊婦さんに気付いてギリギリとか、パンツに見とれて死ぬとか、今考えても笑えないな。


「ってことは普通に感じることをそのまま回答すればいいって事ですかね……でも、何か引っかかるんですよね。特にこの動かないって選択肢とか大人と子供の命の尊さを問うだけならいらないと思うし」


 話し終えると突然、眼鏡をかけてシュッとした、いかにも仕事のできそうな男が偉そうに話しかけてきた。


「よく気付いたな、その通りだ。おそらくそれで正解だろう」


「でもあの女性は子の命の大切さの話をしてたんだよ?」


 芦屋さんはすかさず男に反論した、しかし、男は呆れた様子で言い返した。


「俺は秋風あきかぜだ。あのな、想像してみろ。自分の大切な誰かでもいい。例えば、親とか妻とか親友とかな。それと、見ず知らずの子供。あんた達はどちらか1人を選ぶ時、迷わず子供を選べるか? そもそも、命に順番を付けられるのか?」


 俺も芦屋さんも思わず言葉に詰まってしまった。そうだ、あんな玉だとイメージしにくいがそうだ。本物の命を想像した時、どちらかを選ぶなんて出来るわけない。思わず納得してしまった。


「言われるとそうだな……順番なんて付けられない。あんたの言う通りだ。危うく間違うとこだった」


「本当だね、秋風くん。納得したよ」


 ちらっとスマホを見る。


 残り【02:13】


 まだ、2分以上も残ってるのか。もう、他の人達は答えに辿り着いたんだろうか?


 なんなら、もう決定して待っているだけって人もいそうだな。


 大切な人か。自然と理央の姿が浮かぶ。理央があの天秤にいるとして……想像もしたくないな。子供も尊いが大人も尊い。命の重さは同じだ。


 命の重さは同じ……。そういえば、あのテティスもそう言ってなかったか? 脳内で記憶を遡る。


『皆、命の重み尊さは同じ』


 あ、思い出した。テティスは最初に答え言ってたんだ。突然の問に焦ったけど、思い返すと簡単な問題だよな。


 そして、回答をしようとスマホを取り出しぼんやりと天秤を眺めていた。あんな重そうな大きい玉にしなくてもな、その玉の手前に子の命とくり抜かれたプレート。天秤の前の帯。


 問【秤はどちらに傾くか】


「さ、時間がありません。答えは分かったんですから回答を急ぎましょう」


 芦屋さんが俺達に促す。しかし、正体の分からない何かが腑に落ちなかった。


「命の重みは同じ……?」


「あぁ。そうだ。言ったろ? 選択できない時点でそれは同等とみなすのが合理的だろ」


 いかにもな合理主義な秋風は自信を持って言い放つ。


 何度と見た問にまた目を向けた。


 問【秤はどちらに傾くか】


「あ……」


 そして、ふと問の意味を理解した。


 その時全身の血が沸騰したかのように熱くなり焦りを覚えた。


 残り【00:59】


「違うぞ……動かないは間違いだ」


「おいおい、今さら何言ってんだよ」


 秋風は呆れた表情、芦屋さんは焦った様子でいる。そうだ。命の処遇が決まる瀬戸際だ。誰だって混乱するだろう。


「一体、どういうことだい?」


「詳しく説明する時間がありません」


「だったら答えは何なんだよ」


 そう詰め寄る秋風に納得させるように行動で示した。スマホを見せ、俺の回答をタップする。


「答えはこれだよ」


【秤はどちらに傾くか】


 左の秤・子の命

 右の秤・大人の命

 動かない


■回答

右の秤・大人の命で決定しました。



 俺のスマホを見た2人は信じられないといった驚きの表情をしていた。しかし、もう後には引けない。決断の時が迫る。


「信じるかどうかは2人に任せます」


「私は纏井くんを信じるよ。色んな人を見てきたが、君はとても嘘を付こうとしている人の目には見えない」


「くそっ。本当に根拠はあるんだろうな?」


「あぁ、ある」


 二人はギリギリで回答を済ませたようだ。


 残り【00:01】


 残り【00:00】

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