問2

 まるで異世界のような空間。空の青さもなくただ

見渡す限り無機質な白色で埋め尽くされている。


 道の先の広場は円形になっていた。円の端には人を思いやるような柵などはなく、いつでも雲に飛び込めるようになっているみたいだ。


 俺が渡ってきた道の対面には道が無く、細くて長い円錐が地面から突き出ていた。


 円錐の上部には棒が左右に伸び、その先から3本の糸が下に垂れ秤を吊っている。


 これは……巨大な天秤か。しかし、何の為だ?


 その天秤の前に扇のように人が集まっている。


 そして、近づいて見るとその理由が分かった。


 天秤の前に彫刻の美女が置かれている。


 美術館に展示されそうな程に神々しく存在感があった。


 それを見ると、電車を飛び降りた時の映像が脳内に再生された。


 その時と同じ帯が彫刻の前に表示されていたからだ。


【まもなく『問2』を開始します】


 問2か……。さっきの潰された電車。中にいた人達。あれが問1だったんだな。もしかしたら次は俺がああなってしまうんだろうか。


 それを想像すると一刻もこんな所から逃げたかった。目の前の嘘のような現実が今でも信じられないし、受け入れられずにいる。


「きゃっ」


 突然、地面が小刻みにガタガタと震え始めた。怯えた近くの女性が声を出した。


「もう、帰りたいよ……」


 女性は不安そうな表情をして声を発した。それもそのはずだろう。さっき通ってきた道が割れ、ここにいる人達は円の広場に取り残された。もうどこにも逃げ道も無くなったみたいだ。


 すると今度は、目の前の彫刻にヒビが入った。


 そのヒビの部分から強い光が漏れる。全てが剥がれ落ち、しばらくすると光が消えた。


 まるで古代の美女を思わせる女性がいた。真っ白で美しい装飾のドレスを身に纏い、金髪で整った目鼻立ちをしていた。


 ゆっくりと目を開き、周囲を見渡した。何を話すか全員が黙って見守っていた。


「我はテティス。これより問2を始める」


 やっと問を出す側の人間がいるのに誰も声を発さなかった。俺と同じで集まった他の人もさっき死にそうな目にあったのか?


 何をされるかわからないし、みんな様子を見ているんだろう。変な動きはしない方がいいだろうな。


 テティスと名乗る女性は優雅な振る舞いで話を続けた。


「皆、命の重み尊さは同じ」


 まるで講義でもするかのようにテティスは話を続ける。


 「しかし、大事にされない命がある。望まれなかった命すらある。望んでも授からない命もあるのに」


 胸に両手を当て目を閉じている。悲しんでいるのか、憂いているのか、どこか切なげな表情をしている。そして、俺も心が少し苦しくなった。


「そこで政府は意識調査・意識改革を行うことにしたのです。皆が心優しき人になれるように。皆が思いやれる国を創れるように」


 その場にいる誰もがテティスの次の言葉を固唾を飲んで見守っている。


「調査の結果、問に間違った者にはその場で意識改革を実行致します」


 意識改革という言葉にこの場にいる全員が反応した気がした。ついさっき見た蘇る悪夢の記憶。思わず体が小さく震える。


「意識改革とは……1からやり直す事ではない。0から生まれ変わる事である」


 そう言うとテティスは両手を翼のように広げて見せた。その途端、見渡す限りの雲海が消え去ったのだった。そして、どういう訳か足場の下が透けて見えるようになった。


 恐る恐る下に目をやると、無数の歯を持つ巨大なトンネルが大口を開けていた。脳裏にワームのようなイモムシの化物が思い浮かぶ。


 ああ、間違うとあれにグチャグチャに噛み砕かれるのか。シルバーに光る鋼鉄のような歯を見ると電車を粉々に砕いた恐怖を思い出す。


「この子は我の一部であり、食した者達の魂は全て我の中へと入る。この中で浄化された後、また新たに授かった生に浄化された清き魂を我が転送するのだ。今もなお、生まれ変わるのを待っている何万もの我が子がこの中にいる」


 テティスはお腹に手をやり母のような優しい表情で話をしたかと思うと一転、今度は真剣な表情で俺達に語りかけてきた。


「子を思う親ならば誰もが生まれてくる我が子は、優しい子であってほしいと願う。そして、育っていくこの世界が優しい世界であってほしいと願う」


 テティスは感情のままに言葉を紡ぐ。


「ここにいるそなた達は、既に優しさがある事は証明されている。心で思うだけでなく行動に移せる思いやりは素晴らしい事だと思う。だが……」


 きっと、妊娠していた女性に席を譲ったことを言っているんだうな。そういう意識調査なのか……。


「改めて問う」


 テティスは両手のひらを上向きにした。すると光の玉がそれぞれの手のひらの上に現れた。ウネウネとアメーバみたいに動きながらその玉はそれぞれ秤の上にふわふわと浮いて向かっていった。


 そして、それぞれが秤の上に着くと2つに分離した。ウネウネとしていたものは徐々に形を作っていった。


 向かって左の秤。


 一つの塊は大人の身長を超えるけがれ無き純白の大玉になった。


 そして、もう一つ。ウネウネとしていたものは玉の前でプレートに形を変えた。ところどころくり抜かれ、それは文字となって読めた。


【子の命】


 向かって右の秤。


 ボーリング玉程度の大きさになった塊は心の穢れを表した闇のような黒さだった。同じようにくり抜かれたプレートになった。そしてそれにも文字があった。


【大人の命】


 玉の大きさには圧倒的な差がある。しかし、プレートはそれぞれ同じくらいに見えた。


「問はこうだ」


 テティスがそう言い放つと、天秤の前に全員に見えるように帯と文字が表示された。


■問2

【秤はどちらに傾くか】


「さぁ、答えよ」


 その時スマホが振動した。見ると三択が表示されている。


 タップしてね♪


 ・子の命

 ・大人の命

 ・動かない


 可愛らしい文字でも指示があった。してね、じゃねーよ。どれが正解なんだよ。そして、いつまでも悩ませてくれる様子もなかった。



 残り【09:59】


 減っていくカウント。暑くもないのに俺の頬を汗が伝っていった。

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