第2話 告白と気持ち

 ……

「……へ?」


「だーから、松原君も私と同じでみーちゃんの部活動姿を覗きに来たんでしょ? みーちゃんー黒田雅が好きで好きで堪らないんでしょ?」


「え、え、え、いやいやいやそんな……」


「そんな否定しなくてもいいよ、私が気づいてないと思った? いっつもみーちゃんの方見てるし、みーちゃんの挙動追ってるし⋯⋯こんな風に覗いてるし」

 

 そう言って自分の双眼鏡を目に当て、ニヤリと笑う星月さん。


「気づいてたんだ……」


「それはきづくよ、あんなに見られたら! でも、私もみーちゃんのこと大好きで、たまにこーやって覗きに来るから黙っていてあげたよ!」

 

 そういって胸を張る星月さん。でも、星月さんは覗く必要ないんじゃ……


「ほ、星月さんは⋯⋯「わかってる、私はみーちゃんと仲良いし、いつもみーちゃんの近くにいるのに何でこんなことするの? って事でしょ? まぁ、私自身最初はそれで十分だった。みーちゃんと仲良くできていればそれで良かった。でもそれじゃ、足りなくなっちゃったんだ」


 星月さんの目が怖い。


 いつもの鋭い目とも、興奮したキラキラの感じとも違う。似てるけど違う。漆黒のすべてを飲み込んでしまうような第三の目。


 おそらく、僕が接してきたどの人格とも違う星月あかりのダークモード。


「みーちゃんとずっと一緒にいたいと思うようになった……みーちゃんをずっと一人占めしたいと思うようになった。みーちゃんの1番になりたかった……でもダメだった。みーちゃんには私以上に大切な人がいた。私にはどうしようもなかった」


「だったら「だったら奪えば良い? 争ってみたら良い?だめだよ、私はみーちゃんと幸せになりたいけど、それ以上にみーちゃんに幸せになってほしいの⋯⋯松原君もそうでしょ?」


 ……星月さんの愛が怖すぎる。


 別に聞こうと思っていないし、考えてもいなかった情報がどんどんと話して耳に入ってくる。刺激したら怖そうなので、首を縦に振る。


「良かった、覗きもしてるし、私と趣味の会う松原君ならそう言ってくれると信じてたよ! やっぱり君は私の同士だ、仲間だ、運命だ! だから、そんな松原君にお願いがあるんだけど……聞いてくれる?」


 そう言って星月さんはにっこり笑う。

 そして、絞り出すように、お願いを話し出す。

「そのね、お願いっていうのが……そう! 私と、私と付き合ってほしいんだ!……あ、あ、その、べ、別に本気とかじゃなくて、もちろん偽装、偽装でね! うん、うん、偽装、偽装⋯⋯付き合ってけ、結婚して家庭を作って⋯⋯そうしてみーちゃんと、黒田雅と一緒にいつまでも過ごせるようにね!」


「⋯⋯はぁ?」


 ☆

 私と付き合ってー星月さんから飛んできた言葉は予想の斜め上の言葉だった。

 

 そしてその内容が、僕となぜ付き合いたいのかがさっぱりわからない。

 

 結婚して黒田さんと一生一緒に暮らす⋯⋯何を言っているんだろう?


「えーとごめん、意味がよくわからないんだけど⋯⋯」


「え……あ、ごめん、ごめん、説明がちょっと抜けてたね。将来的にみーちゃんとの家の隣くらいに家を建ててね、そこで家族ぐるみで一緒に暮らしたい、ってことなの! うん、わかりやすい!」


 ⋯⋯いや、まだ意味がよくわかんないぞ。むしろもっと分かんなくなった気がするぞ。

 

 第一、一緒にいるくらいなら普通の友達関係でも大丈夫じゃないのか? 


 平日でも会おうと思えば会えるし、休日は仕事していても大体同じだろうし。

 

 それを言うと星月さんは心底呆れたように肩をすくめる。


 かわいいけどちょっとだけムカつくぞ!……というかいつの間にか目も戻っている。


「あのね、よく考えてほしいの、松原……うんん、彼女なんだから伊織君と呼ぼう! えっとね、普通の友達じゃずっと一緒にいる事は不可能でしょ? 例えば進学したとき、就職した時、例えば結婚した時、例えば子供が産まれた時⋯⋯人生の転機転機で親しく付き合う友人って言うのは変わっていくでしょ? 昔の友達とも関係は続くだろうけどそこに時間を割けるのはごくわずかになってくるしいつまで関係が続くかも分からないし。友達って関係は脆いんだよ。すぐに互いを、そこに友情なんてなかったみたいに裏切れる」


 そう言われるとそうだ。


 小学校、いや中学の友達でさえ連絡をとっているのは真斗を除けばごく僅かだし、遊ぶ時間なんてほとんど取れない。社会人になればもっとだろう。それだけ、友人関係というのは脆く、危ういものだと思えてきた。


「その点結婚とかを機に隣に住めれば、その関係は深く、強いものになると思うんだ! となり同士なら離れることもないし、もし子供がいれば本当に家族ぐるみの家族同然の関係で一緒にいられる! 老後は一緒に悠々自適に海外旅行、なんてのも期待できるしもうこれは家族だよね! だから結婚してとなり同士に住むのが一番!」


 そういって再びにこっと笑う。いつもの興奮した星月さんだ。

 

 ……何となくだし、とても強引だけど、星月さんの考え方は分かった。

 

 でも、今の時期に急いで行うことでもないような気もする。


「それにそれに、それに! この高校2年の今から偽装のカップルを始めるのは伊織君と私のためだよ!」


 僕のため? どういう事だろう?


「伊織君が私の彼女、ってことを知ったらみーちゃん、君に対してどういう行動に出ると思う?」


「行動? えーと、星月さんとのことを聞いたりしてくると思うけど⋯⋯あ!」


「そ、そーいうこと。君は憧れの黒田雅と存分に話すことができるようになる! 話せるかは知らないけど。それにダブルデートなんか出来ちゃった暁には可愛い私服や普段見られない1面なんかも見れちゃうかもしれないよ? どう? 大きなメリットにならない? それに、伊織君最近⋯⋯」


 ごくりと唾を飲む。


 黒田さんと日常的に話せるようになって、ダブルデートで私服姿⋯⋯彼氏にデレる姿もおまけでついてくるけど。あ、もしかして友達になれればバレンタインデーなんかにも⋯⋯! 

 

 夢と妄想の膨張が止まらなくなりますね! にやにやしちゃう!


「ふふふ、その顔なら大丈夫だね! それに早く付き合うのには違うメリットがあるんだ。伊織君がみーちゃんの彼氏と早い内に仲良くなって、そのまま関係を深めてくれたら家を隣に建てて一緒に過ごす、っていう計画がより実行しやすくなるからね。おホモ達ってやつになっても私は構わないよ」


「僕が構うわ。急に変なこと言わないでよ」

 

 ていうか星月さんBL好きなんだ⋯⋯知りたくなかった情報だ。


「へへへ、ごめん、ごめん……まあ、まあ、そういうことで、こんな感じで色々メリットもあるわけだし、私と偽装恋愛するの承諾してくれるよね! 大丈夫、大丈夫、一応偽装なんだから! 一応ね! 別に私は構わないけど……」


 ……うーん、確かに僕にデメリットはない気がする。そもそも僕はもう恋愛する気が起きないし、メリットも聞く感じ結構多そうだし。


「……じゃあ、伊織君大丈夫? 偽装恋愛から契約結婚まで、承諾してくれるよね? ……私と付き合ってくれるよね?」


 僕に目線を合わせるようにかがんで、どこか心配そうに、それでいて満面の笑みを浮かべる。

 

 そう言われて少し頭を冷静にして考えてみる。


 ……この計画、星月さん側へのデメリットが大きすぎる気がする。

 

 いくら大好きな人と一緒にいたいからといって、好きでもない男と付き合って、結婚して、子供を産んで……ちょっと自分を犠牲にしすぎだと思う。メリットに釣り合うデメリットじゃないような気がしてならない。

 

 いや、僕は別に良いんだけど星月さんが可哀そうだよ。


「星月さんはそれでいいの?」


「うん、それでいいというかそれがいいというか……大丈夫!」


「大丈夫って……本当無理しなくていいよ? もっと星月さんの好きな人探さないと」


「ダメ、君がいいの!」

 

 星月さんの声が荒くなる。その後焦ったように顔を赤くしながら話しだす。


「いや、その、ほら私みーちゃんのこと好きだからさ好きな男の子とかいないし、それに伊織君ならみーちゃんのこと好きだから絶対にこの告白受けてくれるっていうか……」


「黒田さんのこと好きなら誰でもよかったってこと?」


「違う! あの、そういうことじゃなくて、その君なら、というか君がっていうか、その……もう、いじわるしないでよ、バカ! とにかく、私の設計に伊織君は必要なの! 黙っていうこと聞きなさい!」

 

 そういってプイっと頬を膨らませる星月さん。

 

 まあ、僕の側からは特に悪いことはなさそうだし、星月さんがそれでいいならいいや。

それに星月さんなら僕も⋯⋯大丈夫だし。


「わかった、君なら安心だ。じゃあよろしくね、星月さん」


「もう、またそんな風に……はい、こちらこそよろしくお願いします……ありがとう」

 

 そういって僕の手を取りにっこり笑った。

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