「君が好きだ」というために〜憧れの天使に彼氏がいたのでその親友と付き合います(偽装)〜

鈴音凜

天使に彼氏が出来ちゃった!?

第1話 天使に彼氏ってありですか!?

『指切りげーんまん嘘ついたらはりせんぼんのーます! 指切った!』




 この学校には天使がいる。

 容姿端麗成績優秀家柄最高で明るく、朗らかな華道部所属の女の子。その体がその金髪が揺れるたびにそれを追ってしまう。まとっている光やオーラも1人だけ異彩を放っている。


 ちなみにその存在感から一人を除いてあまり話しかけることが出来ていない。僕も怖気付いて目の前に降臨なされたらブルブルカチコチ話せないや。

 

 でも彼女と同じクラスになれて、いつでもそのご尊顔を見ることが出来るのは僕の今世紀最大の幸せだろう。話せなくても見ていられるだけでそーはっぴい!

 

 そんな素晴らしいその天使の名前は黒田雅という。


 僕もいつか黒田さんと仲良くなって……


「おい、伊織、話ちゃんと聞いてんの? おーい、伊織さーん、松原伊織さーん?」


「⋯⋯ん、あ、ごめん、ちょっと考え事してて聞いてなかった」


「⋯⋯まったく、伊織はいつもこれだから⋯⋯」

 僕の言葉に横にいる茶髪の男はため息をついた。

 

 そのため息に合わせて、想像の世界に行ってしまっていた僕の脳を現実世界に引き戻す。 

 

 現在昼休み、屋上でご飯を食べている途中に想像の世界に行ってしまった。うん、何もおかしくない、おかしいのは僕の頭だ。


「ま、どーせ黒田さんのこと考えてたんだろ? お前ほんと好きだからなー」

 

 そう言ってニヤニヤするのは鷹岡真斗。

 保育園からの幼馴染で今でも昼食を仲良く一緒に食べている。

「ま、確かに黒田さんめっちゃ可愛いし、なんかもうすごいよなー、語彙力死んだわ。凄すぎて女の子からは尊敬されて逆に友達があんまいないらしいね。百戦錬磨の俺も、話しかけるだけで怖気付いちまったぜ」

 

 そう言って「雲の上の高嶺の花、って感じだよなー」と真斗はつぶやく。


 僕と真斗はずっと一緒にいるとは言えその性格・行動はバラバラ。


 真斗は恋愛体質のチャラ男だけど僕は⋯⋯なんだろう普通の人? 動物好きの普通の高校生であります。最近はワンちゃんが好き。


「それに黒田さんには無敵で鉄壁で恐怖で最強のボディーガード、星月あかりさんがいるし……そういえばお前星月さんと仲良かったよな? なに、将を射んと欲すれば先ず馬を射よって感じ? まずは周りから崩していく感じ?」


「そんなんじゃないよ……いや、ちょっと思ってたとこはあったけど……なんか星月さんも動物と野球好きだから話あってしゃべるというか……友達だよ、真斗とかと同じで普通の友達」

 

 さっき黒田さんは完璧オーラの出すぎで話しかける人が少ない、といったけどもう一つの原因がこの星月さん……だと思う。


 星月あかり─いつも黒田さんのそばにいて、割と顔は整ってるけど無口で鋭い目つきで悪い虫がつかないように、っていうか独占しようとしているというか、何というか怖くて近づきがたい雰囲気が漂っているクッキーが好きな女の子。


 でもね、この人しゃべると意外と普通というか僕的には全然怖くないしむしろ楽しいというか。

 興奮するとやたらとよくしゃべる動物と野球大好きのオタクタイプの人なんだよ。

 後ふとももが最高で素晴らしいし顔も可愛い。


「おいおい、おれは親友だろ……それより本当に普通の友達か? すごい仲良く見えたけど? それに星月さんがお前と黒田さん以外とでしゃべってるの見たことないし……もしかしてお前が狙ってるのって星月さん? 容姿は整ってる方だしふともも怪獣だしねらっちゃたりしてるの? 好きだったりするの?」


 そうニヤニヤしながらいう真斗に僕はひらひらと手を振る。そんな気持ちは、うん、ないです。


「好きって言うか別にそう言うのは。星月さんはやっぱり友達だし……それに僕は黒田さん一筋だからね!」


 僕が高らか宣言すると真斗は優しい目を向けてくる。これはあれだ、孫を見るおばあちゃんの目だ。


「そうか……じゃあまずは黒田さんとちゃんと話せるようにならないとな。黒田さんの前に立つとゴチゴチになって俺の通訳が必要になる癖直さないとな」


「……はい……」

 

 ……応援してくれているみたいだし頑張ろう!




 昼休みが明け、教室に帰る。


 いつものように黒田さんチェックをするとめっちゃ楽しそうに星月さんに何かを熱弁していた。星月さんもそこそこ楽しそうだし、いいもの見れたって感じ!


 さーて、後半戦も頑張ろう!



「ねえねえ松原松原、ちょっとご相談が」


「……どうしたの?」


 隣の席の阿部さんが猫なで華丸声で話してくる。この声は何かを頼む時の声。


「いやー、その私さ、次の数学の授業の教科書忘れちゃってね。良かったら見してくれないかなーって」


「昨日も忘れてなかった?」


「いやー、最近部活忙しくてね……ダメ?」

 そういって上目遣いのおねだりモードで聞いてくる。べつに断る道理はないから貸すけどしっかり持ってきてほしい。


「よっしゃ、さっすが松原! ありがとう!」


「……明日はちゃんと持ってきなよ」


「ははは、善処するよ!」

 

 そういって楽しそうに机を引っ付けてくる阿部さんに僕はため息をついた。

 

 ……なんか強めの視線を感じるけど気のせいかな?



 ☆


「……あ、あの、えっと、松原君、少しお話いい?」

 

 放課後、UNOの途中にトイレにいった真斗と入れ替わりで星月さんが話しかけてきた。教室にいなかった当たり外で話しかけるタイミングをうかがっていたらしい。

 

 ちなみに黒田さんは部活の華道部に行っているよ。


「あ、大丈夫だよ」

 

 そういうと星月さんの顔が少し明るくなる。


「あの、松原君、地球館っていう大きな水族館知ってる?」


「うん、知ってるよ。あの世界最大最強をうたっている水族館でしょ?」

 

 地球館は名前は本当にダサいけど、その品質はとんでもなくて、ジンベエザメに多種多様な深海魚にクラゲ、ベルーガにレッサーパンダにアムールトラととんでもなく豊富な種類の生物がこの水族館で生きている。シーラカンスやリュウグウノツカイが展示されていた、という噂もある。本当だったら多分世界初。


「うん、そこ、そこだよ! それでなんだけどさ……松原君はカメレオンは好きだよね?」

 

 そういって上目遣いで聞いてくる星月さん。

 

 カメレオン……爬虫類特有のあのジト目、大好きです!


「う、好きだよ、カメレオン!」


 僕の声を聴いて星月さんはパッと顔を輝かせる。

普段からこの顔だとも怖い印象はなくなるのに。


「やっぱり! 松原君ならそういってくれると思ってたよ! かわいいよね、かっこいいよねカメレオン! あのギョロっとしていてやる気のなさそうなダウナー系のおめめなのに全体的にサイズが小さくてちんまりしちゃってるのが本当にかわいい! 特に寸胴気味でおてても短いのがほんっっっとに、あーーーーーー!って感じで! それにしっぽがくるんと丸まっているのもキュートで、それに、それに……!!」

 

 とっても興奮しながらキラッキラの目で息つく間もなくカメレオンの魅力をしゃべる星月さん。本当に楽しそうだ、クラスのみんなにも見せてあげたい。


「……ふう、やっぱりカメレオンは最高だよね、松原君!」


「ほんと星月さんカメレオン好きだよね、ていうか爬虫類? ……ところでカメレオンがどうしたの?」

 

 そう聞くと星月さんははっとした顔をする。意外と表情豊か。


「あ、そ、そうだ、そうだった! そのカメレオンさんたちが地球館にいっぱい展示されるらしいんだよ! いっぱいのカメレオン……これは最高の空間だね! そ、そ、それでですね、松原君⋯⋯」

 

 そういってもじもじもにゅもにゅし始める星月さん。

どうしたんだろう、トイレかな?


「ま、松原君、それで、それでなんですけど……!」


「……どうしたの?」


「あ、その、えっと今「いやー、伊織すまん、すまん! びっくりするくらい大きい方がもりもり出てさー! いやー、お前にも見せたいくらいだったぜ!」

 

 何かを言いかけたその時、デリカシーのかけらもない男、鷹岡真斗が帰ってきた。

 

 女の子の前でうんちの話をするのはよくないと思います!


「あ、お友達帰ってきたね……それじゃあ松原君、サヨナラ、また明日……」

 

 そういってちっちゃく手を振りながらそくそくと教室を出る星月さん。結局なんだったんだろう……?


「あれ? もしかして邪魔しちゃった? 俺邪魔だった?」


「邪魔だった」


「ストレート!? ちょっとひどくない!?」


「うそうそ、ほらゲームの続きしよーぜ」


 僕がそういうと「おう!」といってUNOにとりかかる真斗。ほんと調子いい奴だ。


「いやー、それにしてもお前と星月さんほんと仲いいよな! 聞いたことないような星月さんの声聞こえてきたし。何の話してたの? 黒田さんの話? あ、スキップで俺の番ね」


「ちっ……いや、動物の話だよ、趣味の話。それに僕、黒田さんが好きなこと話してないし」


「え、話してないの? ナンデ、ナンデ? 将を射んとする者はまず馬を射よ作戦機能してないじゃん! なんで話してないんだよ、リバースでまた俺の番ね!」


「ちっ……だって黒田さんの話して引かれたら怖くない? 黒田さんにその話伝わってうわぁ……ってドン引きされたらいやじゃん。だから話してないんだよね」


「えー、そうなのか。それじゃあ伊織と黒田さんと結ばれる可能性はやっぱり限りなく低いのかー……あ、でも結ばれるのは不可能になったんだわ。あ、もう一回スキップで俺の番ね」


「ねえ、さっきからハメ技使うのやめてくんない? それに可能性がなくなったってどういうこと?」

 

 僕の言葉に真斗はめんどくさそうに言う。


「ん、黒田さんって彼氏いるらしいぜ」


「⋯⋯?」


 ……ン? ナンテ? カレシガイルッテドウイウイミダロウ?


「あ、伊織、プラス12枚だぞ、ちゃんと引けよな」


「あ、ごめん、そうだね⋯⋯じゃなくて! お前ずるいぞ!⋯⋯でもなくて! くくく、黒田さんに彼女がいるってどう言う事なの!? ちゃんとせdahlm@jg#gtk#am」


「ちょっとうるさいぞ、興奮しすぎだ、伊織! つばもびちゃびちゃだし滑舌もおかしいし言ってることも変だし!」


「それどころじゃないだろ!? だって黒田さんが⋯⋯黒田さんがさぁ!!!」


「一旦落ち着け、伊織!」


 真斗の言葉ではっとする。

 

 まずい、まずい、このままじゃダメだ。


 正気を取り戻さなければ。


 窓を開ける。

「アァァーーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!!」

 

 ⋯⋯ふぅ。


「よし、それで彼氏とはどう言う事だい?」


「お、おう、お前ヤベェな⋯⋯なんかクラスの女の子が話してたんだよ、黒田さんに彼氏がいるらしい、って」


「クラスの女の子って誰!? 物的証拠もないんだろ!? まだ確定情報じゃないじゃないか!」


「ちょ、お前ちょっと落ち着け、キャラ壊れてんぞ! 阿部ちゃんと甲斐さんだよ! まあ、実際俺も疑ってたし、ちゃんと本人に聞いたんだよ」


「阿部さんとあやのんか、それは確かに信ぴょう性ある……じゃなくて本人!? 本人に聞いたの!? 馬鹿なの、デリカシーないの、いつ聞いたんだよ、早く教えろよ、いい匂いしたでしょ、羨ましいな!」


「落ち着け、落ち着け、デリカシーないのはわかるけど本人情報が一番だろ? だから落ち着けって、それ以外は話してないから!」


「……その聞いた結果はどうだったんだよ! 早くいえよ!」


「怒るな怒るな、今から話すから! 黒田さんが言うにはな……」


「黒田さんが言うには……?」


「彼氏いるのは本当らしいぜ、写真も見せてもらった」


「ぴひゃひゃ!」

 

 バチコーン! と自分のなかで何かが弾けた音がした。


 なんだか何かが飛んでった気がした。


 天使に彼氏がいるなんて、あんまりじゃないか。


「ーーーー」


 真斗が何か言っているみたいだけど何も聞こえないし、何も考えたくない。

 

 とある場所へ向かうため、カバンを持ってフラフラと席を立つ。


「ーー、ーーーーー!」

 

 真斗が何か言っているみたいだけど、今の僕にはやっぱり何も届かなかった。 


「大丈夫かいな、あいつ。自殺とかかんがえてなきゃいいけど⋯⋯」


 ☆


「ほんとに……いや、黒田さんくらい可愛かったらそりゃ彼氏もいるだろうけど……え、僕これからどうすりゃいいの……遠慮して遠慮して遠慮しちゃうじゃん……遠慮してるけど……」

 

 そう言って、とある場所からカバンにしまってある双眼鏡を覗く。


 双眼鏡のレンズ越しに、ガラス張りの変態部室で生け花に勤しむ黒田さんの姿が見えた。

 

 結局黒田さんかよ、って自分がちょっと情けなくなる。でも、黒田さんは天使で、太陽で、黒田さん関連で傷ついた傷を癒せるのも、また黒田さんだけなんだ。


「はぁ、生け花をいける姿も素敵だな⋯⋯綺麗だな⋯⋯」

 

 黒田さんを見ていると傷もいえるけど、傷も抉れるからよくわかんない感情になる。これが一人SMプレイってやつか、ちくしょう、ちくしょう⋯⋯

 

 この場所からは緊張感をもつように、とかなんとかで全面ガラス張りのイかれた華道部の部室が見渡せる。だから僕は、余す事なく、ずっと黒田さんの姿を追っていた。周りの音も完全に聞こえないくらいに。

 ⋯⋯


「⋯⋯松原君!?」


 突然後ろからちょっと聞き覚えのある女の子の声がした。

 

 煩わしいし、ずっと黒田さんを見ておきたいけど、声の主を確認するためにさっと双眼鏡を隠し振り替える。別にやましい事はしてないしね、別に!

  

 カメレオンが好きそうな可愛い顔に可愛いお胸、そしていい感じのふともも⋯⋯!


「え、ほ、ほほほ星月さん!? なんで!? 帰ったんじゃなかったの?」

 

 なんで星月さん!? これ何してるかバレるとやばいわよ!?


「……松原君、ここで何してたの?」


「あ、それは、えーと⋯⋯」

 

 それを聞かれるのはちょっと、いや、本当に困る。「黒田さんのこと覗いてました!」なんて素直に言えないし、かといってあまりうまい言い訳も思いつかないし……。

 

 口をモゴモゴしているとカランという乾いた音が聞こえた。


 すぐに手に持っていた双眼鏡が滑り落ちた音ということに気づく。


 ヤバい、と思った時には双眼鏡は星月さんの手に渡っていた。おかしい、いつもに比べて動きが素早すぎる!


「へー、双眼鏡、へー⋯⋯」


 びっくりしたような、それでいてニヤニヤしたような顔で双眼鏡と僕を交互に見る星月さん。こんな悪い顔のほしつきさんみたことないめぅ……。

 

 例えるならDQNが新しいおもちゃを見つけたときの顔、いや、エッチな漫画で弱みをつかんだ時の顔だ。

 

 ええい、どっちでもいい! とりあえずもう煮るなり焼くなりリンチするなり退学にするなり好きにしてください⋯⋯時代が悪いんじゃない、僕が悪いんです……


「ふむふむ……なるほど、わかりました! 松原君、これでみーちゃんを覗いてたんだね! それじゃあ松原さんも私と同じだ!」

 

 そういうとキラキラした笑顔で彼女はカバンから僕のと同じような双眼鏡を取り出しニコッと笑った。

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