アデライト王太后

「これが、シャリアピン?」


 アデライトは、肉を一口大に切った。


「はい。すりおろした玉葱に叩いたステーキ肉をつけ込みます。しばらく置いてから肉を焼き、つけ込むのに使っていた玉葱は醤油や酢などで味付けをしてソースにしています。」

「バターやクリームを使ったソースよりずっとさっぱりしているのね、物足りないかと思えば、そんなこともないし、これなら年を取っても美味しく頂けそうね。」

「はい。ありがとうございます。」


 アデライトはフォークとナイフを置いた。


「ロベール様。」

「はい。何でしょうか王太后様。」

「先々代の王や王妃との関係があったとは言え、私はあなたに決して良い態度ではなかったわ。今まで申し訳なかったと思っています。」

「私の出自が全ての原因です。王太后様が謝るような事ではございません。お気になさいませんよう。」


 ロベールは変わらず、温和な笑顔で話す。


「レオナールは、フロベール家よりもヴァロア家を手本にマルゲリットを育てたいと思っている様なの。だから、出来るだけ私の存在がマルゲリットに影響しないようにと神経を使っているみたい。」


 アデライトは笑った。


「それも、仕方のないことだと思っているわ。私は褒められた人間じゃない。ずっと間違った選択をしてきたの。私はもう、表にも裏にも出て行くつもりはないわ。ロベール様。あなたなら王宮の暗い部分も何もかもご存じでしょう。王妃は、明るく真っ直ぐな子だからこれからもよろしく頼みますね。あの子はこの国の光ですから。」


 アデライトは、ステーキの最後の一口を食べると、ワインを飲み干した。


「久方振りに人と夕餉を共にしたから、少し口が軽くなってしまったみたい。それでは、王妃の様子を見てきます。」




 アデライトは、里桜の部屋に続く廊下を歩いていた。命が狙われたことのある里桜の警護は王族の中でも厳しくなっていたが、今里桜の部屋に立番の騎士はいない。

 アデライトが、部屋の前に立つと、中から話し声が聞こえてきた。そっと扉を開けてみると、ルイを抱いたレオナールがベッドに腰掛けているのが見えた。


「ほら、見て。この眉間のシワ。レオナール様にそっくりでしょう?もう、見る度に声を出して笑いたくなるの。でも、せっかく寝かしつけてくれた乳母エステルに申し訳ないから声を殺して笑うのが大変で…。ね?レオナール様にそっくり。」

「確かに…そう言われ続けると、俺に似てるか?」

「そっくりだよ。」


 二人は見つめ合い、声を殺して笑った。


 人払いをした理由に、アデライトは思わず笑った。

 そっと扉を閉め、庭の方へ歩いて行く。思えば、息子のあんなに穏やかな笑い顔を、子どもの時から考えても一度も見ていなかった。

 殺伐とした家族関係の中、自分の手で幸せをつかみ取った息子を頼もしいと感じていた。


「反面教師なのかしら。私もあの時…」


 もし、王妃の座ではなく、愛する人を選んだら、あんな風な幸せを手に入れられたのだろうか…いや、父はきっと私たちの生活を立ちゆかなくして、私が降参するのをじっと待っていたでしょうね。確かに、フロベール家を手本にマルゲリットには育って欲しくはないわね。


 温暖なこの国でも、十二月の夜風はさすがに冷える。しかし、肌を通る風は過去を思い出すにはちょうど良かった。

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