プロムナードの夜

 シルヴェストルは、学院内に造られた森を歩いている。


 ここは、魔術の練習などで使うことがあるが、基本的には生徒は寄りつかない。四年間もたれ掛かって、愛着がわいた楢の木にゆっくりともたれ掛かった。そこに、パッキっと枝を踏む音がした。そちらの方を見ると、現れたのは綺麗なドレスをまとった従姉妹のアナスタシアだった。


「こんな所にいてよろしいのですか?今日は卒業記念の舞踏会ですのに、主役はホールにいませんと。」

「あぁ。パートナーも連れてきてはいないし、私がいても皆に気を遣わせるだけだから。」

「あらっ、女生徒たちは、王子をお探しだと思いますけど。」

「アナスタシア嬢こそ、卒業生ではない君がドレスを着てここにいるって事は、誰かに誘われて来たんじゃないの?」

「えぇ。従兄弟のアントナンに頼まれまして、一緒に来ましたの。侯爵家ですから、学校行事と言っても下手にパートナーを選ぶことは出来なかったみたいで。無害な従姉妹の私に頼んできた次第です。それなのに、会場に入ったらお友達との談話に気を取られて…私は知り合いなどいませんので、ここへ逃げてきたのです。」


 アナスタシアは苦笑いをする。


「座らないの?」

「お気遣い頂きましてありがとうございます。しかし、パニエがありますので、椅子がないと座れないので。」


 シルヴェストルは納得した顔をした。


「それは、気が利かなかったな。」

「いいえ。私が勝手に庭を歩き回っていただけですから。」

「じゃぁ。少し散歩でもしようか?四年間で養った誰も来ないゆっくり出来る場所を教えてあげるよ。」

「ありがとうございます。」




「本当に会場へ戻らなくてよろしいのですか?」


 しばらく、二人で森を歩いてから、アナスタシアは聞いた。


「あぁ。君も聞いたことがあるだろう?私が父王の子供ではないって話。しかし、父や兄や姉たちは他の弟妹と変わりなく私に接する。だから周りは王の子なのか、違うのか本当の事が分からない。皆、正体が分からないのは気持ちが悪くて嫌なんだ。私は、そんな存在。いるだけで、皆に気を遣わせる。」

「私にとっては、従兄弟として育った時間がありますから、それに変わりはありませんけれど。」

「あぁ。でも、私は常に足りないような、足り過ぎているような存在なんだよ。」

「それなら私もです。」

「君は、レオナールに次ぐ正統な血筋じゃないか。」

「母方の祖母は王女で父方の祖父は王です。」

「叔父も王だな。」


 二人は見つめ合って笑った。


「だけれど、私は臣下の娘。ただの貴族の娘です。それなのに、強い魔力を持ってしまいました。」


 風が吹くと、土や草が香った。


「結婚を生涯の幸せと位置づけるのなら、私は一生幸せにはなれません。子供を産み育てることが女として一人前と位置づけるのなら、私は一生半人前です。完璧な血統があってもそう言う意味では私は不完全なままと言う事になります。ならば、私も足りていないような、足りすぎているような存在なのだと思います。」

「君はいくつだったか?今年学院に入ったのだから…」


 シルヴェストルは立ち止まった。


「十三でございます。」

「ならば、結婚しないと決めるのは早いだろう?」

「王家とは血が近すぎるために婚姻関係にはなれませんし、公爵家として生まれましたから、ある程度の家格ではないと嫁げません。貴族としては魔力が強すぎる私が、橙の魔力を持つ方と結婚をして、子宝に恵まれたら、子供は間違いなく赤色で生まれます。結婚する相手を上手く見定めなければ、それは…騒乱の元にしかなりません。」

「人は君を鉄壁の令嬢だなんて呼ぶけれど…」

「確かに。家柄や血筋を自分を守る盾だと考えれば、これほど強固な守りはございません。しかし、それが自由を奪います。」


 アナスタシアは、憂いの表情でもなくただ淡々と話す。


「ならば、私と結婚するか?血も近くないし、明日には伯爵を授爵する。」

「公爵ではないのですか?」

「あぁ。父に願った。最初は渋っていたが、父の持つ伯爵位の一つを頂く事にした。」


 アナスタシアはニッコリと笑った。


「励まして下さってありがとうございます。でも、いつかは私の生まれた意味が分かる日が来るのではないかと期待している自分もいるのです。」

「そうか。」

「はい。」

「君ならできるだろう。」

「そうでしょうか?そうなれば、よいのですけど。」

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