不遇の王子

 今日、王妃は男子を産んだ。しかし、父である王はここにはいない。王妃は、生まれたばかりの子を抱いて薄い青色の瞳から涙を流す。生まれた子の瞳が自分と同じ色の瞳だったのだ。


「此度も王妃様にそっくりな王子様でございますね。」


 産婆は言葉を選びながら、話しているのか表情もいささか固い。

 去年産んだシルヴェストルは、成長するに従い父である王とは全く異なった特徴を持つ様になり、不仲な夫婦の突然の子供だと言うこともあり、密やかに王の子ではないのではと後宮で噂が出始めていた。



「シルヴェストル王子、本日弟君がお生まれになりましたよ。とても可愛らしいお子さまのようです。後でお会いしに行きましょうね。」


 シルヴェストルは笑顔を作る。その姿を見て、乳母のセシルは、シルヴェストルをぎゅっと抱き締めた。シルヴェストルは、生まれてから一度も父の王とは会えず、母の王妃からも疎まれている。


「シルヴェストル王子、今日はジルベール王子が遊びにいらして下さるそうですよ。」


 セシルの笑顔をまねる様に、きれいなヘーゼル色の瞳は嬉しそうに笑った。





「兄上。今日もお相手して下さい。」

「ずるいぞ、レオナール。昨日はお前が相手をしてもらったんだ。今日は俺の番だ。」

「先に声をかけたのは、俺だぞ、シルヴェストル。」


 ジルベールの腕を掴んでいたレオナールの腕をシルヴェストルは思わず払った。


「何て事をなさるのです。王太子様に向かって。不義の子のくせに。」


 レオナールの乳母が感情的に放った言葉は、その場を固まらせた。意味が分かっているのは、ジルベールだけだろうが、その言葉が何か良くない事だと言うことは幼いシルヴェストルにもレオナールにもわかった。

 ジルベールは無言で乳母を威圧する。

 生まれた時は全く父であるシャルルの特徴を持たずに生まれたレオナールは、青かった瞳も気が付けば濃い茶色になっていて、大きくなるにつれシャルルに良く似た面立ちになっていた。それに反して、成長するに従いシャルルとは似ても似つかなくなった、シルヴェストルに対しての後宮の風当たりは強かった。


 シルヴェストルは、自室に戻って乳母のセシルに聞いた。


「セシル、‘不義の子’とはどのような意味だ?」


 セシルは、咄嗟にシルヴェストルを抱き締める。


「‘不義の子’だから、父上も母上も私の所には会いにいらっしゃらないのか?兄上には父上からお呼びがかかるのに、私にはお呼びがかからないのは、そのせいなのか?」

「ジルベール様は大きいですから、色々と陛下よりお教え頂く事がおありなのでしょう。シルヴェストル王子も大きくなれば陛下よりお声がかかりますよ。大丈夫でございます。」


 セシルは、シルヴェストルを優しく撫でる。そして、乳母の限界を身に染みて感じる。


「私では力不足で……申し訳ございません。王子。」

「何を言っている。セシルは何も悪くない。きっと悪いのは私なのだ。兄上にも怖い顔をさせてしまった。セシル少し本を読むから一人にして欲しい。」

「はい。では、ホットミルクを用意して参りますね。」

「あぁ。セシルの作るホットミルクが一番美味しい。ゆっくりと作れば良い。」

「はい。畏まりました。」


 王子でありながら、侍従も付けてはもらえず捨て置かれる様になっている幼い王子を残してセシルは部屋を出た。

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