ジルベール 十六歳

「王子が学院でこんな成績を取るとは何と言うことですかっ。恥を知りなさい。」


 ジルベールは、平民が王族に対して行う礼の姿勢で、背を鞭で叩かれる。


「私は、王妃としてあなたの母代わりをしなくてはならないのですよ。私に恥をかかせてそんなに嬉しいですか。」


 こんなことはほぼ毎日行われる。


「あなたの顔など見たくもない。出て行きなさい。」


 鞭打ちの終わりは必ずこの言葉だ。

 ジルベールは何も言わず、部屋を出る。長い廊下を歩いていると、後ろから足音がした。


「兄上。見つけました。」


 幼い弟のレオナールとシルヴェストルがやってきた。この二人は先程の王妃が産んだ王子だ。


「兄上、剣の稽古をして欲しかったのです。」


 シルヴェストルは、にこやかに話す。その笑った顔が王妃に良く似ていた。王妃はその笑顔でジルベールの背を鞭で打つのだ。


「兄上。今日もお相手して下さい。」


 レオナールの笑顔にも先程の王妃の顔が重なる。


「ずるいぞ、レオナール。昨日はお前が相手をしてもらったんだ。今日は俺の番だ。」


 正直、一人にしてくれと思う。今は二人の顔など見たくない。


「先に声をかけたのは、俺だぞ、シルヴェストル。」


 ジルベールの腕を掴んでいたレオナールの腕をシルヴェストルは思わず払った。


「何て事をなさるのです。王太子様に向かって。不義の子のくせに。」


 女の言葉は鋭くその場を切り裂いた。ジルベール自身、父である王と、王妃が不仲な理由に自分の出生が関わっていることは、後宮での雰囲気で感じていた。

 ジルベールは、女を鋭く睨んだ。女はその場に固まる。


「わかった。レオナール、シルヴェストル。今日は二人を同時に相手にしてやる。思う存分かかってこい。」

「本当ですか?兄上。二人なら、負けませんよ。なっ、シルヴェストル。」

「レオナール、お前が相手をしてもらえ。俺は、部屋で休む。」


 シルヴェストルは、走って行ってしまった。



 その日の夜、ジルベールは父の執務室にいた。


「おぉ。ジルベール。どうした?」

「父上。人払いを。」


 普段は穏やかな息子の厳しい顔つきに、シャルルは静かに頷く。


「父上、シルヴェストルをどうなさるおつもりですか?私には何があったのかは分かりません。しかし、大人同士のもめ事に、あんな幼い子供を巻き込むのは間違いではないですか?」

「話はそれだけか?」


 父のいつにない鋭い言葉にほんの少しジルベールは怯む。


「お二人の間に何があったとしても、シルヴェストルには関係ない。あの子が何をしたというのです。シルヴェストルはとても優しく強い子です。どうして大人たちはシルヴェストルに全てを押しつけようとなさるのですか。悪いのはあの子ではありません。それだけを伝えにきただけです。それと…レオナールが将来強い魔力を持つことは分かっています。しかし、周りに王太子と呼ばせるのは些か早いのではないでしょうか。」




 それから数週間後のある日。騎士団の練習場の一角でジルベール、クロヴィス、シルヴェストル、レオナールは剣の練習をしていた。

 クロヴィスはレオナールと、ジルベールはシルヴェストルと組んでいた。


「今日はここで練習をしていると聞いた。」

「父上。」


 シャルルを見つけたレオナールは一目散にシャルルの元へ走り寄った。八歳になったクロヴィスは、礼儀通りに臣下の礼をする。シルヴェストルは、ジルベールの後ろに隠れて足にしがみ付いてしまっている。


「シルヴェストル、父上だぞ。レオナールと一緒に行ってこい。」


 ジルベールが前に出る様に優しく諭すが、今にも泣きそうな顔をしている。それも仕方のないことだった。六歳になる今日まで、シルヴェストルは一度も父の顔を見たことがなかったのだから。

 シャルルは自分によく似たレオナールの頭を優しく撫でる。


「シルヴェストル。おいで。」


 シャルルは優しく言うが、ジルベールの足にしがみ付いて前には出てこない。すると、シャルルはジルベールの足元にしゃがみ込んで、シルヴェストルと同じ目線になる。そして、優しくその頭を撫でた。シャルルはひょいっとシルヴェストルを抱き上げると、そのまま練習場内を歩いた。


「今日は何をしていたのだ?」

「あ…兄上に、剣を習っていました。」

「そうか、勝てたか?」

「兄上に勝てたことはありません。」


 その姿を見て、ジルベールはほっとする。足元を見ると、レオナールが羨ましそうに見ている。


「レオナール、羨ましいか?よしっ。」


 ジルベールはそう言って、レオナールを抱き上げて自分の肩に乗せた。


「シルヴェストル。見て。」


 レオナールは元気にシルヴェストルに声を掛ける。


「シルヴェストルより俺の方が高いよ。」


 何も知らない、何も悪くない幼い二人に敵意を向けてしまった事を謝罪する様にその日一日ジルベールは二人の遊び相手をした。

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