王妃アデライト―カッコウの鳴き声―

「王妃様、ご懐妊でございます。」


 ‘おめでとうございます’と言う侍女や宮廷医をアデライトは冷ややかに見ていた。


「王へは私から伝えます。」

「はい。畏まりました。」


 侍女はあからさまにほっとした様な顔をしている。彼女からしてみれば当然だろう。一国の王妃の筆頭侍女になったのに、その王妃は王からいない者として扱われ、公務には同席するが会話も交わさない。そんな王妃がやっと身籠もったのだ。



「陛下。子供を授かりました。」


 人払いした食堂にアデライトの声だけがする。シャルルは一瞬何を言われているのか分からないと言った顔をする。それもそのはずだ。シャルルとアデライトは同じベッドへ入ったことがない。


「陛下の子として、この腹の子を産みます。父やフィリップ・アングランド様がもうそのように手続きをしております。」


 アデライトはまるで明日の予定を報告するかの様に淡々と話す。


「もう、陛下がどのようにされても無駄でございます。私の腹の子は陛下の子供でございます。陛下は私の父や先王から口を出されるのを嫌い、私と寝所へは入って下さいましたね。それがとても好都合でございました。陛下はいつも徹夜でお仕事をされていましたが、寝所のことは外へは漏れません。陛下もそのようにしていらっしゃいましたからね。おかげで、王太后も父もみな大変喜んでおります。みながが誕生することを心から楽しみにしております。」


 シャルルは彼女の言葉に温度を感じなかった。


「私、必ず男子を産みます。陛下の側妃様方は魔力が強くない方たちばかり。腹の子が産まれ、男子であったら、この子が王位に就きます。」


 シャルルが顔を上げると、アデライトと目が合った。アデライトは笑う。‘それでは’と言って、アデライトは食堂を後にする。




「王妃様。おめでとうございます。」


 宣言通りアデライトは男子を産んだ。名をシルヴェストルと付けた。


「王妃様にそっくりな大変お美しい王子様でございます。」


 結局シャルルは一度も産所を訪れることはなかった。



 陛下、私は男の子を産みました。父親そっくりのヘーゼルの瞳を持った子です。陛下はお気づきですか?私が妊娠を告げた日、私は初めてあなたと目が合ったのです。焦げ茶色の瞳は真っ直ぐに私を見ていました。


 ある日の夕食時、シャルルがいる食堂へアデライトはやって来た。当たり前の様にシャルルの向かいの席へ座る。

 人払いをすると、話し始めた。


「陛下、私は無事に王子を産みました。このままでは王家の血を持たない子が王位を継ぐことになります。よろしいのですか?あぁ、でも廃嫡など考えても無駄でございます。王子には既に二大侯爵家の後見が付いておりますから。もはや陛下お一人でどうにか出来ることではございませんわ。」


 アデライトはにっこりと笑う。


「それがお嫌ならば、私と子を成すしか方法はございませんよ。ご自分の置かれた状況をよくお考え下さいませね。」


 そう言うと、アデライトは優雅な身のこなしで食堂を出て行った。


 陛下。陛下は私のことをとても憎く思っておいででしょう。私はあなたから愛する女を取り上げ、自分の子ではない者を王座に据えようとしているのですから。


 そうです、存分に私を恨めば良いのです。無関心ほど辛いことはないのですから。

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