ジルベール・ヴァンドーム
「お迎えに上がりました。ジルベール王子。」
いつもと違う服を着せられて落ち着かないでいると、知らない年配の男性がそう言った。助けを求め振り返ると、母は笑っていた。
「王子殿下、これからの殿下の健やかなるご成長を心からお祈り致します。」
最後に見た母はそう言いながら、王族に対する礼をしていた。それが俺の十歳の頃の記憶だ。
王宮に着くと、父だという人がいた。見たこともない様な立派な椅子に座り、その左右に三人の女性と二人の小さな子供を従えていた。一人の女性は小さな子供を抱いていて、その隣に立った女性がにこやかに俺に近づいてきた。そして跪き、優しく俺の頭を撫でた。
「初めまして、ジルベール。私はクリスティーヌ。今日からあなたの母になりました。」
若く美しい人だった。長く父の側妃だったが子供に恵まれなかったのだと後から聞いた。
それから俺は王子教育を受ける事になった。読み書きは町で神官を辞めた人が開いてた学校に通っていたから出来たが、この国の歴史や礼儀作法なんて知りもしなかった。
しかし、数ある王子教育の中で剣だけは才能があった。だが、それだけでは足りなかった。俺には決定的に足りない物があった。魔力だ。風呂に入るのにちょうど良い様な湯を湯船いっぱいに出せてもこの魔力じゃ魔獣は倒せない。
人との争いがない今、戦闘力として必要なのは魔獣と戦える魔力だ。
少しだけ苦く、苦手な記憶のある離宮の廊下を歩く。ある一室に入る。
「母上、ご機嫌いかがでしょうか?」
「まぁ。ジルベール。召喚術が成功して今は忙しいんじゃないの?」
後宮での苦労のせいか光り輝いていた様なブロンドは今は真っ白になってしまっている。
「いいえ。クロヴィスなどは忙しくしていますが、私は近衛騎士団長などという書類仕事の役職に就いていますから、そう忙しくはありません。」
「じゃあ、いっしょにお茶でも飲めるのかしら?」
「はい。頂きます。それと、母上のお好きな花を。」
「まぁ。綺麗なお花ね。私がカーネーションが好きな事、今でも覚えてくれていたのね。サビーナお花を生けて頂戴。」
「はい。クリスティーヌ様。」
しかし、笑顔は昔のまま、まるで聖女の様な優しさと優雅さがある。その笑顔にジルベールはほっとして花束を渡す。
「ここにはもう訪れてくれる人はいないから、あなたがたまさかにもこうして来てくれると嬉しいわ。初めて会ったときにはあんなに小さかったのに。立派になって。」
クリスティーヌは十二歳しか離れていないジルベールを本当の我が子の様に慈しみ育てた。
「でも、ジルベール。あなたまだ正妃を娶るつもりはないの?」
「えぇ。そのつもりはありません。母上には寂しい思いをさせてしまい、申訳ないと思っていますが。」
「私の事なんて良いの。あなたの想う人は立場のない人なの?ならば、私の生家の伝手でどこかの養子になるとか…」
「いいえ、そうではありません。ただ、そう言った関係に自分が不向きだと思うだけです。」
侍女のサビーナはクリスティーナに良く見えるようにドアの横のコンソールテーブルに花を飾った。
産みの母も庭先でこの花を大切に育てていた。密かな想いを込めて。
「そう。あなたがそう思うのなら無理強いすることではないのは分かっているから。ただ、何か壁があるとするならば、私にはその壁を取り除く手立てがあるかも知れないからちゃんと相談してね。私にとっては、あなたが幸せであることが何よりなのですから。」
「はい。母上ありがとうございます。」
ジルベールは飾られたオレンジ色の花を見て自嘲する。花に思いを託すなど、らしくないと思いながら。
※ 12:54 誤字を改めました。
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