シルヴァン・オリヴィエ 十三歳

 十三の初夏、父親に連れられ王宮の隣にあるイリスの泉に行った。弟や妹も行きたいと言ったが母に首根っこを掴まれ、引きずられるようにして納屋の方へ行った。苗木の手入れをさせられたはずだ。


「泉は真夏でも温度が高くならないから、夏に洗礼を受ける奴が多くてな、混むんだ。真夏の休みは建国記念日も顔負けの混み合いだ。」


 父はそんな話をしながら、あてのない散歩みたいな感じで歩いていた。父は青色、母は緑色の魔力を持っている。平民で両親ともに魔力持ちなのは珍しいと聞いたことがあった。


「うちは二人とも魔力があるからお前たちも魔力はあるとは思うんだが…庭師としては役に立つんだか立たないんだかな。あっ種まきには向いてるかな。重い思いをしなくても水が撒ける。」


 そう言いながら笑っていた。俺の家は先代国王の時から王宮の庭師をやっていて、王都の中央広場のすぐ目の前で園芸店も営んでいる。確かに、遠い水場から水を運ばなくても良いのは有り難い。



 ズボンの裾を捲り、靴を脱いでいると隣の父親も何故か裸足になっていた。


「何で親父まで裸足なんだよ。」

「ここまで歩いてきたら暑くなった。俺も涼みたい。」


 二人で笑いながら泉に浸かった。

 俺の体から放たれたのはハッキリとした黄色だった。親父は初めて見る色に驚きを隠せないようだった。いつの間にか、事務所に詰めていた王宮の官僚らしき人間まで見に来ていた。



 そして、俺は次の九月王立学院に入った。学院では二百年振りの平民の新入生だった。

 王立なんだから、貴賤分け隔てなく教育するのが国政ってもんだろう?と俺は思うが、実のところ学院への入学に貴賤の別はないらしい。入学金と四年間の授業料はそれほど高くなく、平民でも定職を持っていれば十分に払うことのできる金額らしい。ただ、授業で使う道具や教材が高額でそれを四年分用意することが難しい様だった。俺の場合は国から通う様に言われたから、それらも国が用意してくれるのだとか。

 返済不要の奨学金を払ってでも国が俺を学院に通わせたいのは、黄色の魔力があると暴走した時に人を傷つけてしまう可能性があるからだ。

 元聖職者が教える町の魔術学校もあるが、ほんの基本しか勉強しない。水の出し方、火の起こし方。その程度だ。黄色の魔力を持つ人間にはそれでは足りないらしい。魔力のあるものがその力で人を傷つければもちろん罪になり、罰せられる。だから、ここで魔力の扱い方や、どんな事が法律に違反するのかなどを勉強するのだ。


「ごきげんよう。アリアンヌ様。」

「あら、ごきげんよう。ジャンヌ様。昨日の・・」


 シルヴァンの横を少女が通り過ぎる、みなそろいの制服だ。勿論シルヴァンも着ているがこれも金額を聞いて腰を抜かしそうになった。それを夏冬用と着替え用、それに加え登校用の鞄、靴。剣術などの時の運動用の服に靴それらの全てが学院指定だ。これを全て揃えるとなると…それも全て国が揃えてくれると聞いて両親と共に一安心した。

 教室に入って、一番後ろの席へ座る。背もたれのない椅子に今でもまだ慣れることが出来ない。これは、まだ生徒たちが私服で通っている頃、ドレスで登校する女生徒が多く背もたれがあるとパニエが邪魔になり座れなかった、その名残らしい。

 彼女らにとってここは教育を施される場ではなく、社交の場なのだ。だから人よりより華やかなドレス、流行を先取りしたドレス、そうやって競い合ううちに一クラス三十名に対しかなり余裕のある教室が、女生徒の巨大化ドレスで幅をとられ、座れない生徒が出たのだそうだ。それで、五十年ほど前から制服が採用されている。



「では、先週のテストを返す。上位十名までは順位通りに呼ぶので取りに来なさい。一位はシルヴァン・オリヴィエ、98点。惜しいが、ケアレスミスだぞ。正解できたはずの問題だ注意しろ。」


 シルヴァンは一番後ろの席から前へ出る。猫がおもちゃに興味を持っているときの様にシルヴァンの動きと共に生徒たちの顔も動く。

 自分のどんな小さな動きの一つも見逃さないとでも言う様なクラスメートの視線には三ヶ月で既に慣れた。


「二位はウルバーノ・ディステアク、97点。」


 綺麗なプラチナブロンドにグレーの瞳を持つ彼は、隣国の王子。第一王子で、この学院を卒業後は自国へ戻り、そこで高等教育を受けた後に立太子する予定なのだそうだ。そして、何故か彼がこの学院に留学しているせいで、授業が全て彼の国の言葉で行われている。俺も国の言葉を知らなかったが、祖母が国境付近の町の出身だったために、聞き覚えのある単語がかなりあった。それが俺のアドバンテージになっていた。それに加えて、彼の国ではいついかなる時も目下が目上に話しかけてはいけない様で、彼はそのルールをこの学院でも徹底的に守っている。彼の啓蒙活動の効果と言葉の壁で三ヶ月経った今は、誰も彼に話しかけない。そして彼も誰にも話しかけないから、彼は常に一人だ。


「三位はクロヴィス王子、94点。」


 彼はこの国の第二王子。ウルバーノ王子とは違い、話しやすく親しみやすいが、腹に一物ありそうと言うか、見たままの人物ではなさそうな気がする。そして唯一ウルバーノ王子に話しかけても注意されない人物でもある。


 まぁ、でも園芸店の店主になる俺には何にも関係はない。ただ国に言われたのだとしても折角通える事になった学院だから、教えてもらえることはきっちり学ぼうと思う。剣術は思ったよりも楽しいし。…ただ、家で素振りをしていたら妹のリナが剣術に興味を持ってしまったのだけが心配だ。あいつは一度拘ると際限がないから。

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