アナスタシア・カンバーランド 十三歳

「お嬢様、お目覚めのお時間です。」

「おはよう。」


 アナスタシアは朝、いくら早く目覚めても身動き一つせず、侍女が声をかけるのを待っている。

 それが王女であった祖母のマルゲリットから伝わる朝の過ごし方でそれは娘に伝わり、今は孫のアナスタシアにも受け継がれている。

 侍女は空の手水鉢をアナスタシアの目の前に持ってくる。そして、起きたばかりの頭で魔術をかけ、ぬるま湯を出す。面倒な話だが、これは父から訓練として言いつけられた日課だった。

 顔を丁寧に拭き、出されたお茶を一飲みしていると、部屋に朝食が運ばれてくる。程よい朝食を食べ終えると、ドレッサーの前に座る。侍女が髪の毛を整えた後は、姿見の前まで移動し、着替えを行う。着替えが終わった時点で時計は午前八時。

 父と母が毎朝過ごしている居間に顔を出し、学院へ行く事を告げ、馬車に乗り込むのが八時十五分。

 これがアナスタシアの毎日だ。

 アナスタシアの馬車には父カンバーランド公爵の紋章が入っている。この紋章付き馬車には道を譲らなければならないため、アナスタシアの馬車はトップスピードのまま学院に到着する。

 アナスタシアが馬車から降りると、生徒が次々に挨拶をしてくる。

 アナスタシアには、噂が尽きない。玉に瑕なき生まれだが、あまりに血筋が王族と近すぎるため、王家への輿入れはない。すると国内へ嫁ぐことになるが、今カンバーランド家に見劣りしない家格の中に、釣り合う年齢がいない。公爵家の令嬢を後添えに出来るのは王家くらいだし、そもそも王家には嫁げない。

 そこで、噂に上るのが隣国の王子ウルバーノだ。五歳差で年の差も問題なく、血筋を重く考えるエシタリシテソージャのお国柄にも反していない。

 そんな訳でアナスタシアは隣国の王妃になると専らの噂で、皆が在学中に伝手を作りたいとすり寄ってくる。

 そんな有象無象を上手くかわしながら学内を歩いていると、庭の木に一心不乱に剣を振る女生徒がいた。


「あの子、また振っているのね。」


 付き纏う人には聞こえない程度の音量で発する。

 入学して一ヶ月ほど、彼女は毎朝同じ木に同じように素振りをしている。その女生徒がリナ・オリヴィエで、伝説の卒業生の妹だと知るのはもう少し後で、二人が知り合うのもそれから更に少し後の事になる。

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