chapter:11

 まずは手近なところでじゃれていた2匹のウルフを狙う。

 まだ幼いのかもしれないが、脅威である以上、冒険者として見逃すことはできない。まずはサラがエペで傷を負わせ、素早く後退。空いたスペースを使ってヒロがロングソードを振り下ろす。

 しかし、


 「ごめん、浅い!」


 2人の攻撃に気づいたウルフが回避行動をしたせいで、致命傷を負わせることはできなかった。

 一方、パックリーダーは眼下で起きた騒動を見逃さない。彼はふと顔をあげると、鼻を鳴らし、そして遠吠えを行った。

 すると、森の中から同じように遠吠えが帰ってくる。それを確認したのち、岩場にいた他のウルフを連れて2人のもとに駆けてくるのだった。


 後退したおかげで視野を確保したサラ。一連の出来事を冷静に分析する。

 近くに増援が無いことは、ヒロの索敵で確認済み。もう少しだけ時間の猶予はある。とはいえ、時間制限はあるだろう。


 「ヒロ、下がってください。焦らず、一体ずつ確実に倒します」


 攻撃後の反撃をすんでのところで回避したヒロとサラが入れ替わる。傷を負った一体がサラを引き裂こうとするも、精細を欠く攻撃は当たらない。これぐらいの傷を負っていれば、サラでもとどめを刺すことが出来る。


 「まずは、一体…――なっ!」


 突き出された刺突を、今度はヒロを攻撃したウルフが身を挺してかばう。突然現れた万全のウルフを一撃で沈められるほど、サラの刺突に攻撃力は無い。

 泉で会ったウルフたちには無かった連携。パックリーダーに率いられたウルフの厄介さを見せつけられる。


 「大丈夫!」


 しかし、連携であればヒロとサラも負けていない。見方をかばうために無防備をさらしたウルフを、ヒロがしっかりと仕留める。残ったのは深手を負った手負いの獣。


 そこで遅れてやってきたパックリーダーたちが2人を襲う。まずはウルフ2体が、思惑を外され動揺するサラを攻撃する。

 少し反応が遅れたものの、どうにか回避とエペを使って攻撃を逸らすサラ。その後に襲い掛かって来た、本命、パックリーダーの鋭い牙による攻撃。

 足さばきで回避しようとしたサラだったが、いつの間にか足元にいた手負いのウルフに動きを妨げられる。

 にやりとパックリーダーが笑ったような気がした。


 「くっ…」


 そして牙は無情にも、身を護るために掲げられたサラの右腕に深く刺さるのだった。


 「サラ!」


 「った…!」


 身体を守る訓練もしてきた。もしもの時は、利き腕と反対の腕で守るように言われている。

 しかし、実際にそうなったのは今回が初めて。前衛を預かる身として覚悟はしていたものの、痛みが熱となって右腕を襲う。早くなった鼓動が脈打つたびに、腕が圧迫されていることを教えてくる。


 思わず声が漏れたが、泣き叫ぶわけにはいかない。ヒロが見ている。痛みがサラに冷静さを取り戻させていた。腕に噛みつくパックリーダーはヒロが何とかしてくれる。優先すべきは敵の数を減らすこと。


 「はっ!」


 足元にいた重症のウルフ。その無防備な背中にエペを差し込む。柔らかな肉を突き抜けた細剣は腹部を貫通し、敵を屠って数を減らす。




 一方、ヒロはかなり動揺していた。まずは、姉の腕を加えるヤツを引きはがさないと。そう思い、焦って行なわれた斬撃は噛みついて垂れ下がるパックリーダーに命中するも、かなり浅い。そこで噛みつきを解いて2人から距離を取ったパックリーダーはまだまだ健在だった。

 

 「サラ、大丈夫?!」


 「…ヒロ、ポーションで回復するから少しの間、お願い」


 ふり絞るような声。痛みを懸命にこらえているのだと分かる。

 でも生きている。少しずつ冷静になったヒロはそこでようやく、絶好の好機を逃したのだと理解する。

 無防備だった最終討伐目標の背中。痛みを我慢してその状態を維持していただろうサラ。彼女の負傷に焦らず、狙いすました全力の攻撃をすれば、群れのボスを倒せていたかもしれないのに。

 サラを下がらせ、敵に注意を向けながらヒロは己の下策を謝罪する。


 「…ごめん」


 「まだ、大丈夫です。敵の増援まであと少しあるでしょう。それまでにパックリーダーを倒せば、私たちの勝利です!」


 ポーションを懐から取り出し、栓を開けるサラ。

 自分を心配し、焦ったヒロを見てどこか嬉しく思っていた。


 ウルフたちも数が減ったとはいえ、まだ数的有利。

 パックリーダーは動物的な勘から奥にいる傷を負った獲物――サラを狩ろうと動き出す。手下が牽制している間に喉元へ。

 もう少しすると他の手下も、も駆けつけてくるだろう。後はいつものように狩るだけ。本当は時間を稼げばいいのだが、彼らも動物。

 全員がおいしそうな血の匂いを放つさら《エサ》へと、よだれを滴らせながら向かって行った。

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