chapter:9

 もうすぐ日が暮れるという時。2人は予定通り、目指していたムメイ村へと無事たどり着いていた。

 手ごろな宿屋がないか。サラが近くにいた老人に話しかける。恐らくはここの住人で、土地勘もあるだろうと考えてのことだった。


 「すみません、私たち冒険者をしているサラと、彼がヒロといいます。お聞きしたいことがあるのですが…」


 「おぉ、冒険者様、よくいらっしゃいました。どうされましたか?」


 サラの問いかけに、穏やかに対応してくれる老人。宿屋のついでに情報収集も兼ねて聞いてみれば、多くの蛮族や魔物が現れるこの地域でこうして村を形成できているのは冒険者の活躍あってこそ、と彼らは思っているようだった。

 そのため、立ち寄る冒険者になるべく安く、それこそ朝夕の食事代程度の金額で寝床を貸しているのだそうだ。


 「何もない村ですがゆっくりして行ってください」


 老人が最後にそう言って去って行くまで、終始和やかに会話は続いた。念のために他の住人に話を聞いてみても、態度や言葉の端から、冒険者に対する感謝と尊敬の念が見て取れた。


 結局、農家をしている老夫婦の家の、その一室に泊まることにしたヒロとサラ。1部屋15Gで柔らかな干し草を敷き詰めたベッド。それに、朝夕食も用意してくれる。


 ベッドの横に置かれたランタンの明かりが部屋を薄く照らす中。互いのベッドに腰掛けて話す2人。


 「冒険者に優しい村ですね」


 「うん。駆け出しの僕達にもね。いい場所だと思う」


 この村から依頼の討伐目標であるウルフの群れは歩いて数時間ほどしかない。ヒロたちにとっては都合良いが、逆にこの村からすればすぐそこに脅威が迫っていると言える。

 早急に群れをまとめるパックリーダーを討伐して群れを壊滅させ、この村を守りたい。


 「長くご迷惑をかけるわけにはいきません。明日は朝食を頂いて、すぐに出ます。早く寝てしまいましょう」


 そう言ってランタンに入ったロウソクの火を消し、布団に入ったサラ。

 真っ暗になった室内で彼女も同じ気持ちであってほしいとヒロは願う。きっと彼女の中ではまだ、ヒロ自身の護衛と魔物の駆逐が最優先であるに違いない。

 今回は運よく生き返ることが出来たが、そう何度も奇跡は起きない。もし自分がいなくなれば、サラはもっと魔物を恨み、無茶をするようになるだろう。


 死ねないな、とヒロは心の中で苦笑した。

 

 時を同じくして、サラは、明日に向けて戦闘のシミュレーションを念入りに行なっていた。

 泉では緊急事態の時、彼を逃がすことが出来なかった。優しい彼は、逃げろと言っても逃げてはくれないだろう。

 であれば、サラ自身がもっと努力し、強くなって、あらゆる事態に対処できるようにしておかなければならない。そして、最悪の場合、たとえ群れから近いこの村が襲われる可能性があっても2人で撤退する。


 サラの中で最優先は魔物の駆逐でも弱き人々を守ることでもなく、ヒロだった。


 魔物の駆逐はサラにとって自身に課している命題と言える。

 魔物に殺された両親、村の人々へ顔向けするためにはやつらを殺し、死んでいった者たちの復讐を果たさなければならないと思っていた。その命題を果たすためには冒険者になるのが最適だったため、サラは冒険者になっている。


 しかし、隣で眠るヒロは、優しい弟はそうではない。サラが彼を巻き込んでしまっただけ。

 幼い頃、彼のやさしさに甘えて自身に課している命題を語ってしまった。そのせいで自分より器用で、頭も回る彼を、同じ冒険者という職に就かせてしまった。

 付き合わせている以上、せめて年上として、彼の“姉”でいられるように努力しなくてはならない。大好きで、尊敬する弟に見捨てられないように。たとえ彼はそうしないと心で分かっていても。


 奇襲するなら。数的有利なら。不利なら。囲まれたら。逃げられたら。武器・防具が壊れたら。ポーションが切れたら。敵の増援が来たら。知らない魔物が現れたら。村が夜襲されたら。戦闘中、山が崩れたら。人族に襲われたら。村の住人が夜襲してきたら……。


 結局、サラのシミュレーションはヒロの寝息が聞こえ、それを子守歌に彼女自身が眠りに落ちてしまうまで続いた。

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