chapter:5

 次にヒロが目を覚ましたのは、魔石灯の灯る、どこかの小さな部屋だった。背中から伝わる柔らかい感触。どうやらベッドの上に寝かされていたようだ。


 「うん? 目が覚めた?」


 と、すぐ横から声をかけられる。見れば手元で妖精と戯れながらヒロを見る、エルフの女性が座っていた。サラもそうだが、エルフには美男美女が多いと聞く。

 快活そうな目元、長い紺色の髪、少し露出の多い服。目の前の女性も例にもれず綺麗な人で、思わずヒロは見とれていた。


 「えっと…?」


 「覚えてるかな? 森で倒れてたところをセーラが見つけて運んできたんだけど…」


 自分は彼女の仲間に助けられた、ということだろうか。であるならば、まずすべきことは感謝を伝えることだろう。孤児院でもそのあたりは特にしつけられてきた。


 「助けてくれてありがとうございます。それで、その、…ここはどこですか?」


 「ここはサンバスギルド支部の客室だね。一番安い部屋だけど、地べたよりはマシでしょ?」


 サンバス。ヒロの中では数日前に冒険者登録を済ませた、聞き覚えのある地名。見たことのない部屋ということは、まだ泊まったことのない個室の一番安い部屋、ということだろうか。

 しかし、確か自分は…。


 まだ混乱の中にいるヒロに、エルフの女性は切り出した。


 「さて、落ち着いて聞いて欲しいんだけど、君たちは死んだんだ。それで、教会で蘇生してもらったわけ」


 そう、確かに殺されたはずだ。ようやく死の間際がフラッシュバックする。ウルフを追って、たどり着いた小さな泉。

 順調すぎる戦闘。

 直後に現れた、白い竜。その強靭な尻尾に払われて、サラは――


 「サラは?! 一緒にエルフの女の子はいませんでしたか?!」


 記憶が正しければ、彼女も致命傷を追っていたはず。彼女がここにいないのであれば、早く探して蘇生してもらわなければ、手遅れになってしまう。


 「だから、落ち着いて。その子なら、ここにいるよ。まだ寝ているから、静かにしてあげてね」


 ヒロの隣のベッドを見ながら、エルフの女性はヒロをなだめる。ベッドを降りて確認したそこには、確かに姉のサラが静かに寝息を立てていた。

 曲がっていた腕も完治し、出血している様子もない。生きている!


 ここに来てようやく生き残ったのだという実感が湧いてくる。まさしく不幸中の幸いだったと言えるだろう。


 「早速で悪いんだけど、何があったか聞かせてもらえるかな? 森の方で大きな音と地響きがしたことは報告が来てるんだけど…」


 ヒロが落ち着いたことを確認して、エルフの女性が尋ねる。気を抜けばこぼれそうになる涙を懸命にこらえながら、ヒロは森であったことを順に説明して行った。




 「なるほど、竜、ドレイク種かー。うーんどうしたものかな」


 ヒロの説明を受けて、エルフの女性が考え込む。その頃には記憶と感情の整理がつき、ヒロは冷静に物事を考えられるようになっていた。

 たとえば、目の前の女性は誰だろう、とか、なぜ助けてくれたのだろう、とか言ったことを。


 「あの、あなたは…」


 「北の魔域のせいで、今はうち、余裕ないしな…。…うん、どうせなら他の子たちにも成長してもらおうか」


 そんなヒロを置き去りに、一人で勝手に結論づけるエルフ。


 「すみません、だから…」


 「うーんと、とりあえず君たちには受けてた依頼、えっと、パックリーダー討伐だったかな? を完遂してもらおうかな。町のみんなの安全が第一だからね。ドレイクの方はこっちで調べておくよ」


 とんとん拍子に話が進む。


 「あのっ!」


 こらえきれずにヒロが声を荒げる。と、そこでようやくヒロを見たエルフの女性は


 「ところで、蘇生費用10000G、ギルド支部が立て替えたんだ。だから君たちには少し頑張ってもらわないといけない。こちらからも見返りのいい依頼をあっせんするように言づけておくね」


 ぴょんと席を立ちながら立ち上がり、部屋を後にしようとする。


 「建て替えた…。つまり借金、ですよね」


 奇跡の後に待っているのは借金という名の想い現実。駆け出しの自分たちが完済するのはいつになるだろうか。

 頭を抱えそうになるヒロだが、それでも。生きてさえいれば問題ないはずだと、自分に言い聞かせる。


 「そういえば、自己紹介がまだだったよね。私はアンジェリーナ。一応ここのギルド支部を預かってる身なんだ。以後よろしくね!」


 じゃ、と言って部屋を出ていったエルフの女性もとい、アンジェリーナ。残されたのは孤児院育ちの姉弟2人。アンジェリーナが座っていた椅子に座り、ヒロは改めて眠るサラを見下ろす。


 「生きてて、よかった…サラ」


 そしてヒロは決意する。

 強くなろう。彼女が僕を守ると言うなら、僕が彼女を守る。支えるのではなく、同じ目線で。

 そして、運命が自分たちのような弱者を理不尽で押しつぶそうとするのなら。それを撃ち返し、彼らを守れるような存在になりたい。今は無理でも、いつかはきっと…。


 思いを胸に、その少年は冒険者になる道を本当の意味で踏み出したのだった。

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