chapter:4

 ヒロたちが見つめる先で水面に顔を近づけ、ウルフたちが水を飲み始めた。

 静かに風が吹き、水面が揺れる。


 木々のざわめきに隠れながら、2人は一気に駆けだした。先行したのは軽戦士のサラ。手にした細剣を胸元で溜め、突く。最短最速で敵を狩る動き。

 ヒロとサラの目論見通り油断していたウルフたちは、サラの鋭い攻撃への反応が致命的に遅れる。


 サラの攻撃を受け、動きの鈍ったウルフにヒロがとどめを刺して狩る。確実に数的有利を作る作戦は見事成功し、残すは1匹となった。ヒロの少し前では、サラが細剣を振るい、着いた血を払う。


 「ここからはセオリー通りに。私が攻撃を引き付けます。ヒロはその間に攻撃を」


 と、サラは低くうなるウルフと対峙する。何度訓練しても、戦闘は慣れなかった。肉を断つ。剣が骨に当たる。血が出る。冒険者をしていれば、この先何度も味わうことになる感覚。初めての戦闘訓練では、剣を教えてくれた師や寮母たちに隠れて吐いたこともある。今も、気を抜けば後ろにいる弟に不甲斐ない姿をさらしてしまいそうだ。


 それでも――。


 「サラ!」


 残されたウルフが目の目にいたサラに鋭い牙で嚙みつこうとしていた。サラを信頼し、攻撃の構えをとっているヒロ。彼女の名前を呼んだのは、ある意味の掛け声に近かった。


 「大丈夫です」


 ウルフは牙と爪、どちらかで攻撃してくることが多い。そして牙の攻撃は飛びかかって行われるため、直線的な動きになりやすい。直前まで引き寄せて、ウルフが飛んだ瞬間にその直線上からそれる。

 案の定、ウルフの攻撃は外れ、サラの目の前にあるのは隙だらけの背中。

 しかし、ここで狙うのは背中ではない。サラにはまだ、急所を一撃で突く技術も力もない。よって、


 「まずは、足を」


 機動力を削いで、戦闘を有利に運ぶ。後ろ足に小さく入った斬撃。着地と同時に、ウルフが距離をとろうと一瞬、踏ん張る。

 しかし、うまく力が入らず、よろけてしまったところを


 「任せて!」


 ヒロが剣で切り裂いた。ギャンと悲鳴を上げてウルフは倒れ伏し、ヒロとサラ、2人の冒険者としての初戦闘は危なげなく幕を閉じたのだった。


  戦闘を終え一息つく。


 「お疲れ、サラ。連携、うまくいったんじゃない?」


 戦利品である毛皮を剝ぎながら、ヒロはサラに戦闘の内容を確認する。ひいき目に見ても、うまくいった手ごたえがヒロにはあった。それはサラも同じだったようで、


 「そうですね。モトナさんの言っていたように、孤児院での訓練はしっかりと通用しそうです」


 レンジャー技能のあるヒロに戦利品の獲得は任せ、サラは武器の刃こぼれなどを確認している。アイテムも防具も、今回は活躍する機会すら無かった。上々の滑り出しに、満足はしても気を抜かないようにしなければ。


 「剥ぎ取り、できたよ。消耗も少ないし、この後も群れの捜索を――」


 ヒロが手に入れたウルフの皮を水で洗い終え、立ち上がったまさにその時。背後で泉が突然大きな水柱を立てる。飛び散った細かな水滴は霧となってあたりを包み、少しの間、視界が悪くなる。水面は大きく波打ち、岸にいた2人の足元を濡らした。


 「一体何が…」


 「ヒロ、構えてください…! 敵です!」


 思わず顔を覆ったヒロに剣を手渡しながら、切迫した声でサラが構えをとるよう促す。まだ状況は分からない。

 それでも、ヒロはすぐに剣をもらって臨戦態勢をとった。


 すぐに水しぶきは晴れ、ヒロの視界が戻る。しかし、なぜか晴れていたはずの空から太陽の光が届かない。水柱から飛び出してきた大きな影が太陽を背に2人のことを見下ろしていた。


 確認する必要がなかったため、防具を外しておかなくてよかった。ソレを見てサラは思う。しかし、駆け出しの自分たちが買った皮製の防具など、意味が無いかもしれない。


 「白い、ドレイク…」


 大きな翼と長い尻尾。陽光を照り返す純白の鱗がまぶしい。それは蛮族の頂点。多くの蛮族を従え、確かな地位と知恵、そして強大な力を持つドレイクと呼ばれる魔物が、そこにいた。


 「ほう、人族か。なぜこんなところに…。まぁ良い。知られた以上、消すまでだ」


 セージ技能を持つサラだからこそ、理解できたドレイク語。言葉通りなら、目の前の竜は自分たちを消すつもりらしい。

 そしてこの上位の魔物に抗えると思うほどサラはうぬぼれていない。よって打つべき手はただ一つ。


 「ヒロ、撤退します! 私が殿を――」


 上空から振り下ろされた尾が、サラを襲う。辛うじて反応できたものの、回避は不可能。手にした頼りない細剣を構え、直撃を防ぐ。

 しかし、勢いは殺しきれず、何度も地を転がり、木に叩きつけられた。ありえない方向に曲がる腕や背中。あふれ出る血。間違いなく致命傷だった。


 一方、ヒロには自分だけが撤退する意思などなかった。そしてサラが致命傷を負った今、撤退するにしてもサラを連れ帰る必要がある。そうすれば高額だが、蘇生処置をしてもらえるはずだ。しかし、


 「――。――」


 サラが一目で撤退を指示した目の前の魔物が、死体を抱えて暢気に逃げる自分を見逃すはずは無いだろう。事実、何かを言いながら大きな白い羽を振りかぶっている。死が、近づいている。


 自分が死ねば、身寄りのない自分たちの遺体を持ち帰って蘇生処置を依頼する人はいないだろう。孤児院の母たちなら可能性はあるが、彼女たちが知る頃にはもう蘇生処置が手遅れになっているはず。


 相当、運が悪いな。と、ヒロは思う。初戦闘での初勝利。

 浮かれ過ぎずに、警戒も怠ってなかった。それでも理不尽が、不条理が自分たちを襲う。もう自分たちを救う者はいない。ならばせめて最期に。サラの分も合わせて一撃でも与えてやる。2人で生き残る可能性に賭けて。


 「おおおぉぉぉーーー!!」

 

 迫る巨竜に剣を向け、ヒロは全身全霊の攻撃を放つ。ありったけの想いと体重を乗せた最期の一撃。その一撃に白き竜は咆哮で応え、そして、


 回避せず、正面から受けて見せた。ヒロの攻撃は胴体の分厚い鱗を裂き、確かにダメージを与えている。それでも、竜が地に落ちることは無かった。剣を振り下ろした体勢で固まるヒロ。そんな彼に、竜は翼を一薙ぎする。


 それだけで、鎧は砕け、吹き飛ばされたヒロは地を這うことになった。骨は砕け、口内を血が満たす。意識が遠のいていく。

 生まれてすぐに両親を魔物に殺され、新しくできた敬愛する姉をまた魔物によって奪われた。

 本当に、運がない。でも今も、これまでも。そうなったのは何も魔物のせいだけではない。己の力が足りなかったのだ。力があれば、どんな状況でも大切な人を守ることが出来たはず。


 そんな後悔も、もう意味がない。


 「――」


 竜が何か言ったの最期に、ヒロは死んでしまうのだった。

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