chapter:1 

 4月のはじめ。アルフレイム大陸、北方。寒冷なウルシラ地方の森深い場所に位置する、小さな孤児院。早朝、その前には、大きなバックパックを背負った人間族の少年ヒロと、彼より少し年上のエルフ族の少女、サラがいた。


 「本当に行くの? まだ成人したばかりなのに…」


 孤児院で引き取られてから今まで、面倒を見てくれていた養母たちが不安そうにヒロを見つめる。


 「うん。冒険者になって、1人でも多く僕たちみたいな子を減らしたいんだ」


 彼女たちの言葉に、ヒロは迷いなく答えた。

 ヒロとサラが10年以上過ごした『リュート孤児院』は様々な理由で孤児となった子どもを引き取り、成人するまで育てる施設。成人後は近くの村や国で職を斡旋してもらい、独り立ちすることが多い。ヒロたちのように冒険者になることは稀だった。


 「何も、そんな危ない仕事をしなくても。それにせめて馬車くらいは…」


 「あなたもサラも、器用なんだから引く手あまたよ?」


 リュート孤児院は教育に熱心なことでも知られている。交易共通語の読み書きはもちろん、計算や歴史、魔物・農耕の最低限の知識など将来、どのような職業についても困らないよう成人までに学ぶことができる。そうして育成された優秀な孤児たちを求める出資元の国や村も多い。しかしあくまで、進路は本人に委ねられることになっていた。


 「心配しなくても大丈夫です。ヒロは私がきちんと守りますから。馬車も必要ありません」


 養母たちの心配を笑顔で受け取りつつ、サラが腰に収めた細剣をなでる。彼女はヒロと違い、孤児院に来た当初から冒険者になることを決め、そのための訓練と教育を受けてきた。そのため、多少は腕に覚えがある。

 馬車があれば道中は楽だし、安全だ。しかし、いくら周辺の村や国から資金援助があるとしても経営が厳しいことをサラは知っていた。


 それでも心配してしまうのが親心というものだろう。なにせ2人が目指すのは冒険者。死と隣り合わせの職業だ。愛情込めて育てた我が子を死地に送るような気持ちでいた。


 「そう…。なら以前言ったように、ここから1番近い冒険者ギルド支部がある、サンバスに向かいなさい」


 言いながら、心配する養母たちの後ろから現れたのは、養母長のモトナ。サラやヒロが孤児院に来た時から、面倒を見てくれていたメリア・長命種の女性だった。


 「これまであんた達が学んだこと、きちんと活かしなさい。冒険者になっても、ここで努力して学んだことは無駄にならないはずだよ」


 彼女も内心思うところはあった。しかし、過去にここを出て冒険者になり、成功している者もいる。何より、彼らが自分で決めたこと。そう自身に言い聞かせ、

 

 「ほら、早く行かないとサンバスに着く前に夜になっちまう。まだこの辺りで野営するには実力不足だろう?」


 投げやりに言って、大切な2人の子供の背中を押す。たとえ行く先が茨の道でも。自分の意思で、その足で踏み出すと言うならば。


 モトナの左肩に咲いた花が心配そうに萎れているのは見ないふりをしたヒロとサラは


 「それじゃあ、行ってきます、母さんたち。また時期を見て、帰ってくるよ」

 

 「…お世話になりました。行ってきます」


 世話になった孤児院と養母たちに深く頭を下げて、歩き出す。目指すは宿場町サンバス。無事そこまでたどり着けば、晴れて二人は冒険者になることが出来る。


 「これで、ようやく冒険者になれるね、サラ」


 「そうですねヒロ。これでやっと、魔物どもを殺せます」


 それぞれの想いを胸に。2人の冒険者見習いは長い旅路につくのだった。




 「良かった、着いた…」


 「お疲れ様です、ヒロ」


 リュート孤児院を出たサラとヒロがサンバスに着いたのは、もうすぐ日も暮れようかという時間だった。

 道中は穏やかなもので、特段の脅威もなく順調に進んだ。旅立ちが少し遅くなったため、最悪、野営も考えていた2人にとっては幸いと言えるかもしれない。


 サンバスはエユトルゴ騎兵国と妖精郷アヴァルフとを結ぶ街道沿いにある宿場町。もともと数軒の宿屋が並んでいただけだったが、近くに遺跡が見つかったことで一時的に冒険者が集まり、その流れで出来上がった町だと言われている。

 以降は冒険者ギルド支部と宿屋を中心に少しずつ栄え、住人や行商人が常に200人以上いるの小さな町になっている。メジャーな神の教会や、最近では遺跡ギルドもできたと言われていた。

 

 「とりあえず冒険者ギルドに行って登録を済ませよう。もう遅いし、僕は可能ならそこで一泊しようと思うけど…。サラはどうしたい?」


 2人は孤児院から旅立ちの資金として、合わせて2000Gほど渡されている。もっと多く渡そうとする寮母たちと、必要最低限の金額を理路整然と説明するサラの押し問答の末、渡された金額だった。

 普通の宿屋でも良かったが、1人一泊30Gは硬い。そのほか食事などを含めると、2人で一泊100Gはかかってしまう。収入がない今、無駄遣いは出来なかった。


 その点ギルド支部なら、最低ランクの部屋を使用することで出費を半分程度に抑えられる。しかしそうなると、個室ではなく雑魚寝。サラは女性であり、その辺りを気遣ったヒロの確認だった。


 「ヒロと同じで大丈夫です。お母さんたちにヒロを守ると言った手前、離れるわけにはいきません」


 「気にしなくていいのに。頼りないかもだけど、僕も自衛ぐらいはできるよ?」


 「いえ、魔物なら安心ですが相手は人です。敵になれば魔物より厄介ですから」


 まだ冒険者ですらないヒロとサラは恐らく1番弱い。信用が第一の冒険者。襲われる可能性は限りなく低いが、サラはその可能性を見ているようだった。


 「やっぱり、人も信用できない?」


 「…少なくとも、すぐに誰かを信用することはできません。知能の低い魔物は論外ですが」


 別にサラは何もかもを信じられないわけではない。現に長い時間を共にしたヒロや寮母たちのことは信頼している。しかし、年上として、また自分の夢に巻き込んでしまったヒロを守るという使命感が彼女をより慎重にさせていた。

 

 「そんなことより、早く冒険者ギルドに行きましょう。冒険者登録をして、そこで一泊。決まりです」


 強引に話を進め、サラは街道を歩き出す。日も暮れ始め、サンバスの中央を走る街道を行き交う馬車は少なくなってきた。


 「サラ。方向多分、逆じゃない?」


 2人が今いる場所はサンバスの中心から少し南西、妖精郷に近い場所。サンバスギルド支部はちょうど中心にあるため、北東を目指すことになるが、サラはその逆に行こうとしていた。普段はヒロにとっては冷静で頼れる姉だが、焦ったりすると途端にボロが出る。


 「…。…すみませんヒロ。間違えました」


 悔しそうにしながらも、サラは素直に非を認め、謝る。ヒロにとって彼女を尊敬できる部分の一つでもあった。


 「気を取り直して、行きましょう」


 こうして2人は賑わう街道沿いの飲食店を横目に冒険者ギルド支部へ向かうことにした。

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