用心棒

ちくわノート

強い味方

 俺には強い味方がついている!


 そうとも、俺には強い味方がついている。


 なんと気分のいい朝だろう。俺はカーテンを開け、日光を身体に浴びた。ああ、気分がいい。時計を見ると、針は9:28を指している。なんでもないようだが、なんだか縁起のいい感じがする。俺は喜びを表そうとその場でトリプルアクセルを決めた。実際は一回転も回っていなかったが、俺には充分だった。しかし、着地をした時に足の裏に鋭い痛みが走った。見ると足の裏に小さな破片が突き刺さり、血が滲んでいた。

 ああ、最悪だ。俺は先程まで最高の気分だったのに水を差された。

 俺は諸悪の根源を探すべく床を見渡した。細かい破片はそこら中に広がっており、それを辿ると奥の方に壊れた目覚まし時計が横たわっていた。

 考えてみれば俺が今まで朝の気分が最悪だったのは全てこいつのせいだったのだ。毎朝がんがん耳元で早く起きろ、それ早く起きろと急かしてくる。今だって俺を最悪な気分にしたのはこいつが原因だ。

 俺は呑気に横たわっている目覚まし時計を拾い上げると思い切り床に叩きつけた。目覚まし時計はがしゃあんと音を立てて床に転がった。再び壊れた目覚まし時計を拾い上げるともう一度床に叩きつける。それを何度か繰り返すと、気分はすっかり晴れ、また最高な朝に戻った。

 やはり俺には強い味方がついている。

 俺は顔を洗いに洗面台へ向かう。鏡に俺の顔が映ったのでにまーっと笑ってみせる。最高にイカしている。顔を洗い終えると、普段は付けないワックスを付けてみる。しかし俺の寝癖は手強かった。追加でワックスを何度か重ねて付けると、とうとう俺の寝癖は静かになった。鏡を見ると俺の頭は寝癖があった部分だけテカテカしている。俺はもう一度ワックスを手に取り、全体に何度か塗りたくった。もう一度鏡を覗き込む。ああ、最高にイカしている。

 俺は服を着替えようとしたが、洗ってある服は見当たらなかった。仕方がなく、昨日着た服を洗濯かごから引っ張り出し、それを着た。

 鞄を持って家を出る瞬間、俺は少し、ほんの少しだけ臆病になった。しかしすぐに思い直した。


 俺には強い味方がついている。


 家から大学まで10分かかる。俺は今までこの10分が大嫌いだった。しかし、今日は違う。空を見る余裕がある。道端のたんぽぽを見る余裕がある。俺は小躍りをしながら大学へ向かった。

 大学の正門前には女子大生が2人、飲み物を片手に何かを話していた。俺は彼女らに近づき、大きな声で「おはよう」と挨拶をした。しかし、彼女達は苦笑いをしながら少し頭を下げるだけだった。大学内には男子大学生も居たので、彼にも挨拶をする。今度は俺を無視して、足早でその場から去ってしまった。

 その様子を見て、俺は絶望した。俺は挨拶もできない馬鹿どもと共にこれまでこの学び舎で学んでいたのだ。きっと彼らはバイトやら遊びやらに夢中で脳が腐ってしまったのだ。俺は彼らとは違う、エリートなのだ。彼らにかまけている場合ではない。腕時計を見ると既に俺は遅刻をしているようだった。俺は足早に教室へ向かった。


 教室に入ると既に席はほとんど埋まっており、前の列しか空いてなかった。俺が前の席に座ろうとすると、教授が俺の姿を見つけた。


「君、もう遅刻だよ。もう少し時間に余裕を持ってきてくれなきゃ」


 俺は自分の顔が真っ赤になっていくのを感じた。周りからくすくすと笑い声が漏れる。


 俺はあいつらとは違う。俺はエリートだ。俺には強い味方がついている。


「ほら、早く座って」


 禿げた教授が俺を急かした。俺はくるりと方向転換をし、そのまま教室を飛び出した。教室から出た途端、笑い声は一層大きくなった。


 建物の外まで出て、何度か深呼吸をする。

 最悪だ。今日は最高の一日になるはずだったのに。


 俺には強い味方がついている。


 俺には強い味方がついている。


 何度か呪文のように唱える。


 俺には強い味方がついている。


 俺には強い味方がついている。


 俺には――


 そこでふと、俺には本当に味方がいるのだろうかという考えが浮かんできた。もしかすると俺には強い味方なんて居ないんじゃないか。俺は今まで通り一人なのではないか。


 そうすると俺は瞬く間に奈落に飲まれてしまった。


 そこで俺は気づいた。


そうか、疑ってはいけなかったのだ。彼のことを信頼し、決して疑ってはいけなかったのだ。


 俺は暗闇に閉じ込められ、もはや出ることは叶わなかった。

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