第7話 いきなりヤられかけるとか俺はエロ漫画の主人公かっ!

再び、外の世界。

さっきは恥ずかしくてそんなこと気にしてられなかったけど、いつも見る風景が大きく見える。心地よい春風がふわふわの体毛に絡まり、吹き抜けていく。

まるで子供になったようだ。最も、もっととんでも無いものに変化してしまっているが。

俺は気づけば人間のように歩かず、四足で歩いていた。気がつく度に慌てて二足に戻しているが、すぐに四つん這いになってしまう。

まるで心がこの体を既に受け入れている気がして、複雑な気分になった。

(俺はキツネなんかにならないし、ましてや妹のペットなんかにならないからな……)

そう強く思ったけれど。首輪をつけられた姿じゃなんの説得力もない。俺は新しくなった外の世界の好奇心と、よく分からない感情に押されながらコンクリートで出来た石垣の傍を歩く。俺の事を物珍しそうに見てくる人間の視線を気にしないようにしながら。


「おい、そこのお嬢ちゃん」

ふと後ろから声が聞こえた。振り返るとそこには一匹の大きな犬が居た。そいつはだらしなく空いた口からヨダレを垂らしながら、こちらへにじり寄ってくる。見るからに危険な雰囲気だ。

「可愛いなぁ、ちょっと遊ばないかぃ!?」

「うわぁぁ!!犬が…犬が喋ってる!」

突然の出来事に本能的に距離をとる。

「はァ?何言ってんだ?」

幻聴じゃない。犬は当たり前のように言葉を発している。もしかして俺はキツネだから動物同士で言葉が通じるってことなのか?

「あ、あぁ……俺になんか用?」

そう言うと、突然犬は俺に飛びかかる——

「用か?あるぜぇ、俺を楽しませるっていうなぁ!?」

「きゃぅ!!な、なにいって……!」

体当たりをもろに受けた俺は犬の下敷きになる。必死に抜け出そうとするが、圧倒的な体格差によりとてもかなわない。


というか楽しませるってどういう…?

まさか…!?俺は何かの危険を察知して犬の股間に目をやった。そこにはグロテスクに巨大化した「アレ」が俺を突き刺そうと揺れている。

「ちょ!?ちょっと待て!まだ童貞すら卒業してねぇんだぞ俺は!!」

初めてがどこぞの犬となんか絶対嫌だ!

俺は必死に抵抗する。だがそいつは完全に発情しているらしく、俺が何をやってもやめてくれる気配がない。

「や、やめ……っ」

半分涙目で懇願する俺。

あぁ……もうダメか……

俺は覚悟して目を閉じた。


「ぐわァ!?」

その時だった。犬の歪んだ叫び声がして—俺の体がふわっと軽くなった。目を開けて、急いで立ち上がる。

視界の先にはさっきの強姦魔と……もう1匹、全身が真っ黒な猫が居た。そのツメで鼻先を引っ掻いたらしく、イヌは呻きながら鼻を抑えている。

「さぁ、はやくこっちへ!」

「ぇ……ぁ、はい!」

そのネコは大声を上げて、固まっている俺の思考を戻してくれた。俺はネコに案内されるがまま、全力で走る。


————

「危ない所だったな」

なんとか安全な路地裏まで逃げ延びた俺。

お互いにハァハァと荒い息をあげながら、先程のネコは言った。

「はい、あの、ありがとうございます…」

「良いってことよ。か弱い娘の傍には、いつでも俺がいるからな」

彼は決めゼリフのように言ったが。


え?娘??

そういやさっきの犬も俺を「お嬢ちゃん」って呼ばなかったか?

「…って……どうした?」

俺は股間にそっと左手を当てる。そこにあるハズのモノは……シンボルは、無かった。

「………ぁ…ぅぇ…?」

余りにも無慈悲は現実に俺は言葉を失う。

「あぁ、混乱してるんだな。もう大丈夫だ」

俺の頭に柔らかい肉球の感触がした。

「……あの、俺って、女の子ですか?」

なんとか絞り出した声は濡れていた。

「え。あぁ、そうだが?」

「………そうですか」

「お、おい、どうしたんだよ!?」

…先程襲われかけた恐怖からか、無許可に性別を変えられた恐怖からか、謎の涙が流れた。でももし「自分は男だ」と言っても、恐らくネコを…いや、彼を混乱させるだけだ。俺は右手で涙を拭うと、顔を上げた。

「いえ、大丈夫です……」

「……ならいいけどさ、ま、ここは治安が悪ぃから、気をつけるこった」

彼は訝しんだ表情をしたが、問い詰めるようなことはしなかった。

「しかしアンタここらじゃ見ない顔だな?見たところ野良ではないし、どこから来たんだ?」

彼は優しくそう問いかける。

「……あの、信じてもらえないと思うけど」

「大丈夫、信じるぜ?仮に外国から来たって言ってもさぁ」

しばらくの静寂。変だと思われたらどうしようか。なんだかクラスの目の前で自己紹介をした時の事を思い出した。

「俺は人間です、訳あって今はこんな姿になってるけど……」

「人間だって?そいつは前世の話か?」

彼は案の定信じられないといった表情をして、続ける。

「まー、俺は前世は黒龍だったしな!なんでも世界を支配せし闇の化身として恐れられて——」

「前世じゃないです!」

「えっ?というと……あぁ、前前世か!?」

「違うーっ!」



——————

「つまり、ついこの間まで人間だったが、キツネに姿が変わった、と?」

「はい……そうです」

説明する事10分。ようやく彼に事の顛末を理解して貰えたようだ。

「ふーん……そいつはたまげた。まさかアンタで2人目だとはな」

「2人目?」

彼は大きく頷く。

「あぁそうだ。俺の知り合いにもアンタと同じ事を言うヤツが居てな、今は居ねぇからまた今度紹介する」

俺と同じ……つまり元人間がもう一人居るってこと?でもそれじゃあ……

…いや、今考えても仕方ないか。

「名乗るのが遅れたな、俺はクーラル。ここらを仕切っている者で、黒の軍勢のリーダーだ、よろしくな!」

彼は、クーラルはそう言って頭を下げた。

「はい、俺はケイです、よろしくお願いします…っ」

俺も倣って頭を下げる。

なんか動物同士がこんな仕草してるって思うとちょっと可愛い……かも。

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