第7話 朱に交われば、なんとやら

 数日後。

 高台となっている平地には、今日もミットの乾いた音が響いていた。


「太地さん! 少しずつ球速が上がっているような気がします!」

「本当か! ライム!」

「はい! ベース付近でのボールの伸び方が、以前に比べてエグくなってます! これなら誰も打てっこないでしょう!」


 ライムが嬉しそうに太地の元へと駆け寄った。


「……くそぅ。なんでこの世界にはスピードガンがないんだぁああああああ!」

「スピードガン……なんですか? それ」

「球速を測る機械だ! それさえあれば、正確にスピードを測れるのに……」


 悔しがる太地を見て、ライムが言う。


「そうですか……それは残念ですね。この世界は日本より文明水準が低いから、そんな精密な機械はないと思います。……それでも太地さん、今までの経験から大体の手応えは感じませんか?」

「そうだな……全盛期の俺のMAXがちょうど160kmだった。それよりは球速が上がっているのは感じるから、多分165kmは出ていると思う。……だからこそ、正確な数字が知りたい……!」


 ピッチングに迷いが生じ始めたのだろうか。ライムは太地のこんな切ない顔を見るのは初めてだった。ライムの胸がちくりと痛む。こんなときこそ女房役キャッチャーの出番である。


「太地さん! 今はできることを頑張りましょう! ピッチングはストレートだけがすべてじゃありません! 他の球種にも磨きをかけましょう! 私も協力します!」

「ら、ライム……お、お前……」


 太地はライムを見つめた。小さな瞳が勇気を与えてくれている。


「———よぉし! 投球練習再開だ!」

「はいっ!」


 ライムが元気よく小走りで、木で作られたホームベースへと戻っていく。

 このライムがキャッチャーを努めてくれて心底よかったと太地は思う。そしてライムの期待を裏切ってはいけない。太地はそう心に誓いを刻み込んだ。


 ライムが腰を落としてミットを構えるのを見て。


「ライム! 次はカーブだ!」

「は、はい!」


 太地は投球モーションへと入っていく。


 太地はどんな球種を投げるときでも、その動作は変わらない。もちろん腕の振り方もだ。

 ライムは日を追うごとに、それがすごいことだと感じるようになっていた。


 太地のしなやかな腕から投げ出されたボールは空中で急激なブレーキがかかり、大きく曲がり落ちていく。

 ライムは即座に対応し、すくいあげるようにして巧みに捕球した。


「……どうだ! ライム!」

「曲がり始めるタイミングと角度、どれも完璧でした。でも残念ながらボール半分外れています! もう一球いきましょう!」 


 ……もはやライムも、あさっての方角へと向かっていた。

 

 魔王討伐はどこへ行ってしまったのか。

 ピッチング練習に汗を流す二人には、もはやその考えは微塵にもない。


 この物語も、ここで終わってしまうのか。

 

 そんな心配を振り払うかのように、崖淵からにょきっと腕が伸びいてきて、二人がいる高台に、力強く手が掛けられる。


 二人しかいない高台に、来訪者の影。


 果たして救世主の登場…………と、なるのだろうか?

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