第6話 初めてのキャッチボール

「よーしいくぞ!」


 太地は実に嬉しそうに、右肩をぐるりぐるりと振り回した。

 

 猪もどきの余った毛皮で作った、腰パンツを履いている太地。ライムの下半身にも同じ毛皮で腰巻が巻かれている。毛皮が足りなかったのか、上半身は二枚の葉っぱで覆われたままだ。


「ちょっと太地さーん! 私はどうすればいいんですかぁ!」


 18mちょっと離れた場所からライムが、太地に向かって声を張り上げる。


「ライム! お前はしゃがんでそのミットをしっかり前に突き出して構えていればそれでいい! なーに心配するな! 俺を信用しろ!」


 ライムにだって多少なりとも野球の知識はある。要は太地の投げるボールを受け止めればいいのだろう。それは分かっているのだが……。


 私に捕れるのかなぁ……?


 ライムの不安を感じ取ったのか、太地が自信たっぷりに言い放つ。


「心配するなライム。俺はコントロールには自信があるんだ。お前の構えた場所へ、寸分狂わず投げ込んでやるさ」

「本当にお願いしますよ! 私、キャッチボールなんて初めてなんですから……!」


 太地は腕を大きく振りかぶると、左足を高々と蹴り上げる。

 惚れ惚れとしてしまう、流れるような動作だ。


「誰がキャッチボールだなんて言ったんだ。これは投球練習だ。全力でいくぞ!」

「ちょ、ちょっと待てえええええいいいいいいいい!」


 慌ててミットを構えるライム。美しい投球フォームから放たれたボールは『ゴオゥ』と唸りを上げて。


 ———ズバッァァァァァァァン!!


 破裂音にも似た音と共に、ライムのミットに収まった。


「ぎゃぁぁぁああああぁぁぁあああああぁぁあぁあ! 腕がぁぁぁああああ!」


 ライムが腕を押さえてゴロゴロ転がる中。


「……す、すごい。俺の全盛期……いや、それ以上かもしれない。これが召喚で得た力なのか……!」


 自分勝手な目標に向かって、太地は深く感動をしていた。


「ほらライム! ボールを早く投げて返せ!」

「太地さぁん! 私には無理ですぅぅぅぅ……!」


 鬼の言葉を吐く太地に、地面に伏せたままぐったりとするライムが泣きを入れる。太地はゆっくりライムに近づくと、端正な顔で見下ろしたまま。


「……なら、魔王退治はやらないぞ。『二刀流』の響きは惜しいが、ピッチングを極めてからじゃないと俺はヤダ」


 子供のようにヘソを曲げ出した。


「た、太地さんの『ピッチングを極める』って……一体なんなんですか? せめて具体的に教えてください……」

「この肉体とパワーなら、投げられると思うんだ。人類の壁とも言える、170kmを超える夢のストレートをな……!」


 太地はライムのミットからボールを奪い取ると、元いた場所まで歩いていき。


「よーし、ライム! 続きを始めるぞ!」


 そして地獄の訓練が、始まった。


「うぉりゃあああああああ!」

 ———ズバァァアアン!

「ぐぁわあああああああああああああ!」


「でりゃあああああああ!」

 ———ズババァァアアン!

「ぐひぃぃいいいいいいいいいいいいい!」


 ライムは涙目で、太地の豪速球をただひたすらに受け止めていた。

 側から見れば小さな半獣を、いたぶっているようにも見えるのだけど。


「ライム。お前はきっといいキャッチャーになれるぞ。ピッチャーを乗せるのがうますぎだぞ。……大学のときバッテリーを組んでいた田中も『くぅ〜痺れるぅ! お前の球は最高だ!』って、よく言ってくれたものだ。ピッチャー冥利に尽きるなぁ」


 まったくのお構いなし。太地はどこまでもポジティブシンキングだった。


「よしライム! 次は落とすぞ!」

「……へっ!? お、落とす?」


 言い終わるや否や、太地から放たれる鋭い投球。ライムは慌ててミットを構える。

 何度か太地の容赦ない豪球を受けていたライムも、少しずつだが目が慣れてはいた。


 構えたミットへと、正確に迫りくるボール。


 それが突如視界から消え———。


「ごっふううううううううううぅぅうぅぅぅぁぁぁっっっ!」


 ワンバウンドしてミットの下を掻い潜り、ライムの股間に直撃した。


 股間を抑え、地面をのたうち回るライムに向かい、太地がまたも近づいていく。


「バカだなぁライム。落とすって言っただろ。ミットをこうして下から構えないと」

「……おぅ、おおぅ。おおおぅぅ……!」


 子ダヌキ改めオットセイと化したライムに、太地は優しく手を貸して。


「ほぉら。立ち上がって。こういうときはな、小刻みにジャンプするんだ。体の中に上がっちまったタマを、下げないといけないからな」

「おぅぅ……そ、そんなもの……はじめからついていませんっっ!」

「そ、そうか。まあでも見直したぞライム。捕球できなくても体を張ってボールを止める。それでこそ、キャッチャーの鏡だ!」


 なんだかんだとありながら、信頼関係を深めていく二人だった。

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