第5話 アレも必要だよねー

 わちゃわちゃやり取りを交わした後、ライムと佐原太地は近くの小屋に入っていく。

 狭い室内には水と食料が置いてある。この小屋は昇格試験のための初期設定。

 ここを拠点として、当面はレベルなり経験なりを上げていけと、試験官サイドが用意してくれたものだ。


 大事なところを三枚の葉っぱで覆ったライムは改めて、佐原太地に話しかけた。


「あの……えっと……佐原さん、でしたっけ?」

「太地でいいぞ。子ダヌキライム」

「子ダヌキは余計です! ……で、太地さんは、どうしてそんなに野球がしたいのですか?」


 ルールはよくわからないけど、野球ならライムも知っている。

 野球好きの一部の精霊たちが、野球のシーズンになると地球をよく覗いていたからだ。

 太地は「よくぞ聞いてくれた」と顔を輝かせ、自分の生い立ちを語り始めた。


「俺はな、大学までピッチャーをしていたんだ。それもドラフト注目のな。……だけど大学三年で肩をやっちまってな。そこからだ。俺の人生が狂い出したのは!」

「は、はあ……」

「わかるか!? この悔しさが! ドラフト注目のピッチャーも、肩を壊せばただのパンピーだ。当然プロへの夢は絶たれ、野球しかやってこなかった俺は、三流ブラック企業に就職し、それから十年がむしゃらに働いた。160km投げてた俺が、毎月160時間の残業だぞ!? そりゃ頭もハゲるわな……」

「それは本当にご愁傷様で……」

「だ・か・ら! 俺は若返ったこの体で、思う存分野球をやりたいんだ!」


 いや、もうどうしようホントに。

 

 このままでは昇格試験が1mmだって進まない。

 さすがにそれは困る。上位精霊になんて興味はないけど、ライムは早く【精霊界】へと戻りたかった。

 なんとかこの野球バカをその気にさせられないものか。

 ライムは知恵を振り絞る。そして一つの言葉が浮かび上がった。


「そうだ太地さん! ピッチャーと勇者、この二つを両立させて『二刀流』になりましょうよ! 『二刀流』ですよ『二刀流』!」


 太地がハッと顔を上げる。


「ら、ライム……お前、なんて魅力的で甘美なワードを出してくるんだ……! ほ、本当に俺に、『二刀流』の素質があるとでも……」

「ええ! ありますとも! だから私と一緒に頑張りましょう!」


 太地は勢いよく立ち上がり。


「よぉし! こうしちゃいられない! すぐ用意するから待ってろよぉぉぉぉ、ライム!」


 小屋を飛び出して、森の中へとダッシュで駆けて行った。


 ———え、用意……って?

 

 なんだろう。大きな間違いをしでかしてしまった気がしてならない。

 ライムは不安で仕方なかった。嫌な予感しかしない。


 しばらくすると太地が小屋へと戻ってくる。

 その逞しい右肩には、ぐったりとした猪に似た生き物が、担がれていた。


 そして。


「待ってろよぉおおおおおおおおおお! ライムーーーー!」

「ぎゃあああああああああぁぁぁ! スプラッタァァァァァ!」


 太地は絶叫しながら猪もどきを素手で解体し始めた。


 小屋の中に鮮血が飛び交うのもお構いなし。狂気に取り憑かれた太地の顔に怯えたライムは、部屋の隅っこで小さくなって震えるしかない。


 しばらくするとホラー劇場は終わりとなり、太地は大きな背中を小さく丸め、何やら作業に没頭し始めた。


「あ……あの……太地さん? 今度は何をしているんです……か?」


 その言葉に振り向いた太地が、ライムに向かって何かを投げる。

 それを思わず受け取るライム。


 え? え? でっかいタラコ唇みたいな……コレって何?


「それはキャッチャーミットだ。最初はライムの耳で……いやごにょごにょ。と、とにかく、この獣の皮で作った世界で一つしかないライムのためのミットなんだ。受け取ってくれ」

「わ、私だけの……?」


 イケメンの人間から貰った初めてのプレゼント。ライムの頬が茹だったように赤くなる。


 ……いやちょっと待て。感動するところと違うと思う。


「えっと……ピッチャーと勇者の『二刀流』になるんですよね?」

「ああ! だからまずピッチャーをとことん極めてからだ! ライム、お前は今日からキャッチャーな!」


 ライムの嫌な予感はやっぱり的中した。

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