第4話 最初に必要なものって……?

 この召喚は失敗かもしれない。ライムの頭に不安が過ぎる。

 だけど外見だけはライムのどストライク。それは否定できやしない。


 黒々としたやや長めの髪に、眉がV字を描くほどの精悍な顔立ち。

 ———確かにね、私の超好みだけど!


 逆三角形の逞しい上半身と、それを支えるしなやかで長い足。

 ———ああ、大胸筋に押し潰されたい……!


 そして唯一身につけているパンツも悲鳴をあげそうなくらいの、引き締まったお尻。

 ———もういっそ殺してぇぇぇぇぇ!



 ……待って。一旦落ち着こう、私。


 ライムは冷静になってもう一度考えてみる。

 もしかしたら、召喚の副作用で頭が混乱しているだけかもしれない。

 本当は正義感溢れる、扱いやすい日本の青年じゃないかと。


「せっかく若い姿で生まれ変わったんだから、魔王退治なんてめんどくさいこと、やってられるかぁぁぁぁ!」

 

 ……そう思ってみたが、ダメだった。

 面倒くさがりなところとか、思考がライムに似てすぎる。


 ———だけど! このままじゃぁ!


 ライムはやりたくない昇格試験なんて科せられているのだ。

 この課題をクリアしなければ、【精霊界】へは戻れない。

 

 人間は好きだけど、やっぱり空から見ているだけのほうがいい。

 人間なんてもんじゃない。……半獣だけど。


 とりあえずライムは、この青年———佐原太地の潜在能力を見てみることにした。

 右手の指で輪っかを作り目に当てて。


「せいれーい! スコープぅぅぅうう!」


 なんとも恥ずかしい掛け声を、臆面もなくライムは絶叫する。

 側から見れば、似た者同士だと残念ながらライムは気づいていない。

 

 ……どれどれっと。……な、何いいぃぃぃぃぃ!? 攻撃力も防御力も400オーバーだとぉぉぉ!?

 

 師匠ディールの手紙に書いてあった内容を、慌てて思い出す。

 ライムは破り捨てた手紙を拾い集め、繋ぎ合わせて読み始めた。

 

『攻撃力と防御力が500を超え、まあまあ仲間が増えたなら、『漆黒の魔王』とそこそこいい勝負ができるだろう』


 なんともざっくりではあるが、これが魔王の攻略法、らしい。


 ———これは当たりだ! 頭の中がアレだけど、当たりを引いたと思う! 

 

 これはなんとしても、うまくおだてていい気分にさせて、早々に昇格試験を終わらせたい。

 ライムの頭の中は、暴走した洗濯機のように目まぐるしい回転で、最善策を考え出す。


 顎に手を当て考え込むライムの元へ、佐原太地が近づいてきた。


「おい、ライムとやら」

「は、はい! なんでしょう!?」


 佐原太地はおもむろにライムの耳を揉みしだいた。


「あっ……ちょ……や、やめてくださいっ! ……なんかヘンな気持ちになってしまいますぅ……!」

「ふむ。触感は申し分ない。いや、上質だ。……おい、ライム」

「ふぁい……! な、なんですかぁぁ……!」

「この耳を………………もげ」

「ひ、ひいいぃぃぃぃぃぃいいいい!」


 冷たい目で見下ろす青年が放った一言に、ライムは飛び跳ね後ずさりする。


「も、も、も、もげるわけないでしょぉぉぉお! それが出会って二、三言交わしたすぐ後に言うセリフですかぁ!? アナタもしかして変態なの!? それに一体なんのために!?」

「……ちっ」

「し、舌打ちされたっ! どうして私が!?」


 佐原太地は小さく吐息した後、ライムを見た。その顔には優しい笑顔が浮かび上がっている。


「悪かったよライム。いきなり『耳をもげ』だなんて、紳士的じゃないな。確かに俺が間違っていたよ」


 そのままライムに近づいていく。


「い、いえ……わかってくれればいいのですよぉ。じゃあ私と一緒に魔王退治に……」

「……先に、こっちだったな!」

「ぎゃあああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 佐原太地はライムの服を、力任せに剥ぎ取った。

 泣き叫ぶ全裸のライムと、それをうざったそうに見るパン一の佐原太地。

 見方によっては野生的である。


「わ、わ、わ、私の服がああぁぁぁぁぁぁぁぁ! か、返してくださいぃぃ!」

「うるさいなぁ……ちょっと見ててくれよ」


 佐原太地はそう言うと、ライムの服を丸めて両手のひらに収めていく。


「なんか今なら、できそうな気がするんだ。————はあああああぁぁぁぁぁぁ!」


 力を込めて、握り潰していく。佐原太地が包み込んだ両手の指の隙間から、光が漏れ出した。

 光が収まると、ゆっくり手のひらを広げていく。


 現れたのは、赤い糸が縫い込まれた丸い球体。


 ———こ、これは確か……。


「野球の硬式ボールだ。この体から溢れ出るパワーなら、作れると思ったんだよ」


 ダメな方向に潜在能力を使った佐原太地に、半泣き状態のライムが問う。


「あ、あのぉ……私の服は……ずっとこのまま裸でいろってことですか?」

「心配するな、ライム。そんなんそこら辺に生えてる葉っぱでも、貼り付けておけばいいさ」


 佐原太地は白い歯を見せながら、実に爽やかな笑顔で答えた。

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