第3話 勇者召喚!

 一人取り残され途方に暮れたライムは仕方なく、師匠ディールの手紙を読み始めた。


『拝啓 ライムへ。お主がこの手紙を見る頃には、ワシはもうそばにはいないだろう———』


 思わず手紙を破り捨てそうになった。

 湧き出る怒りを堪えつつ、ライムは続く文章に目を走らせる。


「……えっと、ふむふむ……精霊力を貯めて……確かにそんなに難しいことじゃないようね」


 精霊力。

 精霊の根幹となる力のこと。【精霊界】なら常にその力を享受できるし、ライムが今いる自然に富んだこの場所ならば問題ない。木々や大地から、精霊力を恩恵として受けられる。

 

 手紙の最後に書き記された『お土産は、かさばらない乾き物でよい』との文面を読んで、手紙を破り捨てた後。


 このままでは仕方ないことを痛感し。

 ライムは日本人召喚を試してみることにした。


 精霊力を手に集め、それを一ヶ所に固定する。

 人間界NO.7の地球。このナンバリングを頭に思い浮かべると、該当する世界への扉を開けられることが、精霊たちに備わっている特殊能力。

 ライムは小さな日本という国を探りあて、召喚したい人物像を思い浮かべる。


 ……どうせなら、イケメンよね。それも私好みのマッチョ系のワイルドイケメン……!


 ライムは強く強く、イメージした。

 精霊に性別はない。だけど精霊としてこの世に生まれ出たその日に、男か女、どちらの属性を選ぶのか【精霊界】で定められている。

 これも人間に憧憬を抱く精霊たちが決めたこと。ライムは女性を選択した。周りの女精霊がそうであるように、ライムも人間の男性には、ちょっと興味があるお年頃だ。


 イケメンイケメンイケメン。肉体美に輝くイケメンイケメンイケメンイケメン。


 脳内でライムが理想とするイケメンを妄想すると精霊力を貯めた渦に、人の影が浮かび出した。

 同意にドンと、大きな音が地面を揺らし、土煙が立ち登る。

 

 ———やった! 召喚成功だ!


 煙から現れたのは逞しい筋肉を着飾った、パン一の青年だった。


「……おお? こ、ここは……!」


 青年は頭をフラつかせながらも、周りをキョロキョロと見渡している。

 

 ここからが正念場。いよいよライムの見せ所である。

 ライムは師匠からの手紙に書いてあった言葉を思い出しながら、ゆっくりと青年に話しかけた。


「よ、ようこそ、日本から来た勇者よ。ここはランスール王国。そして私はあなたのサポートを務めるライムって…………あのぉ、聞いてます?」

「こ、これは俺の若いときの肉体! 髪! 髪の毛がもっさりあるぅぅぅぅぅ! うわははははは! 俺はあの頃の俺を、取り戻したのだぁぁぁぁぁ!」


 ヤバイやつを召喚したのかもしれない。

 ライムは即座に返却できないか、試してみた。


 イケメン戻れイケメン戻れイケメン戻れイケメン戻れイケメン戻れ………。


 ダメだった。


「……ややっ? 見慣れない子ダヌキが!?」

「子ダヌキちゃうわ! ライムです! あなたをこの世界に呼んだのは、私です」

「そうか、お前が……俺を……」


 青年は足早にライムの元へと駆け寄ると。


「……ありがとう。ありがとう! 俺を若い姿に戻してくれて。髪だってこんなにフッサフサだ! 俺がな……社内でなんて呼ばれていたか知っているか?」

「さ、さぁ……」

「歩くサハラ砂漠だ! ひどいだろ! ハゲにだって人権はあるのに! まあ、名前が佐原太地さはらたいちってのもあるんだがな……」


 ことのほか、若返り召喚されたことを喜ばれた。

 多少食い気味にこられたが、ライムも自分の使命を忘れてはいない。

 早いとこ昇格試験を終わらせて、【精霊界】に帰りたい。

 

「あなたは、この世界の半分を支配する『漆黒の魔王』を倒すため、召喚された勇者です。さあ、私があなたの知恵となりますので、とっとと魔王退治をしちゃいましょう!」

「……やだよ」

「……はい? 今なんて?」

「俺はな、野球がしたいんだ!」


 ———何を言っているのだろう。このイケメンは。


 ライムの苦労の日々は、ここから始まることになるのである。

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