シャワーの国のお餅つき。

@ramia294

 

 真夏の家庭菜園。

 とても、たいへんです。

 汗と虫と雑草の味方をする元気いっぱいなお日様と戦うこと、数時間。

 ようやく、シャワーとエアコンの冷たい風が、僕に癒やしを与えてくれます。


 ある日のこと、シャワーを浴びていると、急にお湯が止まりました。


 『あれ、歪んでいる』


 世界が、曲がって見えました。

 次の瞬間。

 僕は、シャワーに吸い込まれていきました。

 

 気がつくと、一部にタオルをかけられた素っ裸の僕を心配そうに見ている瞳がありました。


「気づきましたか?」


 お日様の意地悪でしょうか?

 熱射病でしょうか? 

 幻覚を見ているようです。

 天使が僕を覗き込んでいます。


「僕は、死んだのですか?天使様」


「私は、天使ではありません。シャワーの国の王女です。私が勇者様をお呼びしました」


「勇者?僕がですか?」


 自分で言うのも何だが、僕は勇者とは、とてもかけ離れた存在だ。

 臆病者で、いつもビクビクしているし、人と話をする事が怖くて、山の中の一軒家に住んでいる。

 ついでに、チビで、デブで、足が短い。

 さらに、ついでに、鼻が団子で、口はドーナツ、目は芋けんぴ…。


「王女さま」


「リンスとお呼び下さい。私の名前は、リンスです」


「では、リンス姫。僕は勇者なんてものからは、かけ離れた存在です。人とも怪物とも戦いたくありません」


 リンス姫は、首をかしげた。

 とても可愛い…。


「戦う?誰とですか?シャワーの国の勇者様のお仕事は、お餅つき。美味しいお餅をついて、仲間を助ける事です」


 姫が言うには…。


 この国は、そもそも世界の歪み、理不尽、穢れを引き受ける国。

 少しずつ、変わって行く世界。

 悪い方に変わっていく部分をシャワーの国が、引き取ります。

 世界の悪い部分をシャワーで、きれいさっぱり洗ったあとに、世界へお返しするシャワーの国。

 この国には、いろんな方が、お住まいです。

 神様も悪魔も鬼も妖怪も動物も、世界で必要とされなくなった者達は、シャワーの国に流れ着きます。

 みんな仲良く暮らしています。

 争う事なんてありません。


 リンス姫が、言いました。


「あるとき、とても大きな穢れが、流れ込んで来ました」


 とても大きかったので、力の強い鬼さんたちが、ゴシゴシ、ゴシゴシ。

 シャワーで洗っていたのですが、モクモクとキノコの様な形のその穢れは、なかなか綺麗になりません。仕方なく、禁断の石鹸を使う事にしました。


 シャワーの国に、たった一つだけ引き起こす不幸。引き換えに、穢れも歪みも理不尽も綺麗に洗い流す禁断の石鹸。

 キノコの様なモクモクの穢れは、みるみるうちに綺麗になっていきました。最後には、シャボン玉がひとつプカプカ浮いていました。

 洗っていた鬼が、指で突きシャボン玉を割ると、鬼は、頭が九つもある大きな竜に変わりました。

 大きくなりすぎた竜は、みんなと遊べなくなり涙を流しました。

 とても大きな竜が、流す涙なので、あちらこちらに大きな池が出来て、溢れた水で洪水です。


 竜の涙を止めるため、鬼が大好きなお餅をついてあげる事にしました。

 神様は、餅米を用意しました。

 悪魔は、地獄から消えない炎を持って来ました。

 妖怪たちは、餅米を蒸す準備をせっせと始めます。

 動物たちは、森の木から杵と臼を作りました。


 シャワーの国。

 お餅は、いつも鬼が作って、みんなに配っていました。

 この先どうやって作っていいのか分かりません。

 そこで、勇者の出番です。

 剣のかわりに、杵を持ち。

 美味しいお餅を作ります。


 ペッタン、ペッタン。

 美味しくなあれ、竜の笑顔を取り戻せ。   

 ペッタン、ペッタン。  

 美味しくなあれ、鬼の姿にもう一度。

 ペッタン、ペッタン。


 みんなで、きな粉も作りました。

 大きな竜の九つの口に、きな粉餅を届けました。

 

「美味しい!」


 竜は、美味しい、美味しいと食べました。

 よほど嬉しいかったのでしょう。

 涙を流しながら食べました。


 シャワーの国のお餅つき。

 またまた、小さな洪水で、僕たちは右往左往。

 竜の身体は縮みます。

 涙と共に縮みます。


 洪水が収まると、竜の姿は鬼の姿に。

 安心した鬼さんは、またまたみんなの前で泣きました。

 泣き虫鬼さん。

 元の大きさを取り戻した鬼さん。

 でも、九つの頭は、竜の顔から鬼の顔に変わって身体のアチコチに残りました。

 鬼は、九つの顔を持つ鬼に、変わりました。

 泣き声も9倍。

 笑顔も9倍。

 きな粉餅も9倍食べます。

 

 彼の名前は、九頭鬼。


 シャワーの国は、とっても平和な国に戻りました。


(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)(^^)


「ちょっと待った」


「何でしょう?我が家のママのリンス姫」


「私は、リンス姫ではありません。あなたの奥さま。子供たちのママ。九つの頭の鬼?九頭鬼?もしかすると給湯器」


「ピンポーン!ママのリンス姫、正解です。そんなわけで、我が家の給湯器は、無事修理が終わりました。おとうさんとお風呂に入る人はだーれ?」


「ハーイ!」


 子供たちは、元気いっぱい。


 今日も我が家は、楽しい、楽しいお風呂タイム。

 お湯もたっぷり。

 笑顔もたっぷり。



         終わり。







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