第4話 「はあああああ…」
〇神 千里
「はあああああ…」
ルームでコーヒーを飲んでると、盛大な溜息と共に京介が入って来た。
「よお。」
「……」
俺が居るとは思わなかったのか、京介は立ち止まったまま俺を見て目を細めてる。
おい。
いつもの悪人顔が二割増しだぞ。
って、俺に言われたくないだろうけど。
「…神…ってさ…」
その、悪人顔二割増しの京介は。
何やららしくない表情で、いつも通りしどろもどろ喋る。
「あ?」
「その…TOYSのメンバーと、ずっと…連絡取ってた…か?」
「アズはずっ」
「アズ抜きで。」
「……」
珍しい。
京介が俺の言葉を遮るとか。
マジで珍しい。
「…タモツとマサシな。周年のチケットはずっと送ってたけど、奴らは一度も来た事ねーな。」
「周年のチケット…」
…本当に、かなり珍しい。
今日の京介は…
「…ま、アズは奴らと連絡取ってたかもな。あいつ、一度知り合ったら全員友達ぐらいに思ってそーだし。」
「……」
「それが、他のバンドでもな。」
「……そーだな。」
俺の言葉に突然目を輝かせた京介は。
「…ちょっと…出て来る…」
いつもそんな報告なんてしねーのに。
そそくさとルームを出て行った。
今日の京介はー…アレだ。
誰かのために、何かしようとしてるアレだ。
「成長したんじゃねーの?」
一人ごとをつぶやきながら、ギターを手にする。
冬の陣では、何が観れるか…
楽しみだ。
〇浅香京介
「アズ!!」
「うわっ!!」
八階のボッチ部屋でギターを弾いてるアズを見付けて、そのヘッドフォンを奪うと。
アズは大げさに驚いて…なぜか俺に戦闘ポーズを取った。
「…空手か?」
「ゴレンジャーだよ。」
「…知らねー…」
「えー?仮面ライダーなら分かる?」
「…それより、聞きたい事がある。」
「えー?何々。珍しいね。」
「……」
あまりにもアズが楽しそうに言うもんだから…それはそれで…ちょっと…
…いや!!
俺は…聞くぞ…!!
「えーと…」
「うん。」
「…あの…」
「うんうん。」
「……」
「何でも聞きなよ!!」
……聞けねー!!
何度も口を開きかけては閉じる。
そんな俺を、アズは何なら少しウズウズした顔で見てやがる。
…ああ。
珍しいだろうよ。
さっき、神も一瞬眉をしかめたり目を見開いたりした。
俺に分からないようにしたつもりだろうが、喋らない分観察してる俺には分かるんだよ…!!
「あっ、ちょっと待って。」
言い出せないままの俺に、本当ならイライラしてもおかしくないはずのアズのポケットで、スマホが鳴った。
「もしもーし。あっ、うんうん。いいよ。いつがいい?」
…こいつ、ほんっっとーに…すげーよな…
誰に対しても平等だ。
まあ…意味不明な事も多いけど。
「えーっ?今もう近く?うんうん。じゃあそのまま来ちゃう?俺、ゲストパスもらっておくから。うん。はーい。」
…ゲストパス…
って事は、ビートランドじゃない奴。
「……」
小野寺の事を聞きたいクセに、アズには予定が入った。と思うと…少しホッとしてる俺もいる。
冬の陣では里中に歌わせたい。と本気で思ってるし、俺には欠片もないと思ってたお節介を焼きたい気持ちもある…はずなのに…
…ホッとするなんて…
やっぱ、なんか俺って…
「ねーねー京介。リハまで暇だよね?今からロビー降りて、そっから一緒に会長室行かない?」
うつむきかけた俺の腕を、ぐいっと引っ張って…アズが言った。
「…ロビー…」
「からの会長室。」
「……」
誰とロビーで待ち合わせなんだ?
「だいじょぶだいじょぶ~。さ、行くよー。」
無言の俺の腕を引いて、アズはエレベーターに乗り込む。
アズはいつも…
俺が何も言わなくても。
俺が続きを言わなくても。
なぜか、その先を答えてくれる。
…いや、俺…こういうのに甘えてんだよな。
里中も…アズほどじゃないが、心地良く察してくれる部分があったから…
「……」
無言で見つめると。
「ん?」
アズは首を傾げて俺を見た。
…俺は、もうあんな事にはなりたくない。
分かってくれてるから。なんて…思ってちゃダメだ。
だいたい、俺は何も言ってないじゃねーか。
…いつも…。
「…アズ。」
「どしたー?」
「俺…冬の陣…すげー頑張りたい…」
「えええ~!!京介からやる気発言!!わー!!めっちゃ嬉しい!!」
ガバッ
エレベーターの中。
アズに抱きしめられる。
「なっ…!!」
「うんうん!!めっちゃ頑張ろうよ!!冬の陣の前にも、ミツグさんに『ミツグアワード』やってくださいって言っちゃうからさ!!で、絶対俺が投票しなくても京介が一位だよ!!」
「…は?」
「あっ、投票するけどねっ☆」
てへぺろ。
ウインクしながらペロリと舌を出すアズの頭上に、そんな文字が見えた気がした。
時々、聖子が娘の音との写真を加工して書いて来るアレだ。
「……てか…じじいのハグって…みっともねーし…」
肩にまとわりつくアズの腕を引き剥がす。
「えー、京介照れてる~?」
「うるさいっ。」
「今日の京介はいい感じだね。」
「…どーいう意味だよ…」
俺は…淡々と生きて来た。
その中で、一番必死になったのは…聖子との事だと思ってた。
だけど、今思う。
俺…F'sを…F'sのドラマーとしてのポジションを失いたくない。
メンバーを、失いたくない。
…なんだ。
俺…
すげー…音楽もバンドも…
ちゃんと、大好きなんじゃねーか…
人も…。
〇東 圭司
「…で、誰と待ち合わせなんだよ…」
ボッチ部屋でギターを弾いてたら、半ば強引にそれを止めさせられた。
それが神ならいつもの事なんだけどさー…
京介だよ!?
超レア!!
京介、何か言いたい事か聞きたい事があったんだろうけど、それはなかなか口に出来ないまま。
そんな京介を見ながら、ちょっとジーンとした。
ねえ、京介。
気付いてる?
いつも遠慮しいな京介が、俺の練習止めるってさ。
京介の中で、すごく大変な事が起きてるって事だよね?
急かしたらますます言いそうにないし、言うまで待とうと思ってたとこに…電話。
夏の陣で連絡先交換して、ちょっとやり取りしてた子だった。
おいでよ!!とは言ってたけど、本当にその気になってくれるなんてねー!!
楽しい事は多い方がいいし。
俺、頑張っちゃうよ~。
「京介も知ってる人だよー。何なら聖子ちゃんに喜ばれちゃうかもだ。」
「…聖子に…?」
今も変わらず聖子ちゃんに恋してる京介。
名前出すだけで元気になってるぽい(笑)
そういうとこ、尊敬するな~。
いや、俺も瞳の事大好きだけどー。
でもさ、京介って…片想いみたいな顔するんだよね。
なんでかな。
ロビーに降りると、その人物は遠慮がちに入口に立ってた。
「ほら、あの子。」
俺が入口を指差すと、京介は目を細めて。
「…見た事あるが…誰だ…」
首を傾げて悩み始めた。
そうだよねぇ。
たぶん会話した事はないだろうし。
「お…お疲れ様です…っ!!」
「よく来たねー。」
礼儀正しくお辞儀するサイトーちゃんの横に立って。
「京介、元バックリの
アイドルに負けない笑顔で紹介した。
さあさあ!!
楽しい事やっちゃうよー!!
〇高原さくら
「売り込み?」
あたしが首を傾げると。
目の前のケンゴ君はカチコチになったまま、小さく『はい…』と答えて。
「聴いてみたいですよねっ!!」
ケンゴ君を連れて来た圭司さんは、目をキラキラさせて。
「……」
なぜか一緒にいた京介君は人見知り中。
もう…(笑)
「それで、売れ込みって言うのは?」
「バ、バックリで一緒だったシンゴと二人で、歌を作ってます。ギターとボーカルで…そ…それなりに練習してるので、下手ではないと思うのですが…」
Bad Creatuers…略してバックリ。
三年前のLIVE aliveに、ゲスト出演してた六人組アイドルグループ。
あの翌年、解散しちゃったんだよね…
報道では、解散理由はメンバー間での方向性の違いって。
六人全員が大手事務所を退社して、モデルや俳優、声優に転身したとか…
だけど夏の陣には再結成して出演してくれた。
歌も踊りも完璧で。
バックリの大ファンだった聖子ちゃんは、感動しっぱなしで泣いてたって知花に聞いた。
「…正直…」
「うん。」
「…LIVE aliveの後、みんなやる気に満ち溢れて…心機一転、めちゃくちゃ頑張ったんですが…」
ケンゴ君は少しバツの悪そうな表情になって、圭司さんと京介君をチラリと見ると。
「…俺と…シンゴが…ビートランドに影響されて…アイドル…もう嫌だ…って…」
俯いたまま、ポツポツと言葉をこぼした。
「え?」
「ん?」
「……」
あたしと圭司さんと京介君。
それぞれが首を傾げてケンゴ君に注目した。
「…ビートランドのアーティスト…皆さん、すごくカッコ良かったです…あれ以来、俺とシンゴは…歌作りも本気で取り組んで…だけどそれがアイドルには向かないって言われて…」
つい、三人で顔を見合わせる。
あのバックリの解散の原因…もしかして…LIVE aliveでビートランドに感化され過ぎちゃったから!?
「だけど腹を割って話してみると、他のメンバーもそれぞれ挑戦したい事があったみたいで…ちょうど契約も切れる頃だったし…それに事務所としても、もう若いグループに力を入れ始めた頃だったんで…潮時と言えば潮時で………」
「……」
「とっとにかく、聴いてみてください!!」
ケンゴ君はそう言うと、持ってたタブレットを操作して動画を開いた。
スタジオで撮ったらしいそれには、ギターを手にしたケンゴ君と。
マイクを持った…
「…あれ?ギターがケンゴ君だよね?」
あたしが首を傾げると。
「いえ、俺はボーカルで…」
「えっ、俺もサイト―ちゃんかと思ったよー。そっくりじゃん?」
「ああ…実は俺とシンゴ、双子なんです。」
「…そんな情報聞いてない…」
さすが、バックリ通の聖子ちゃんから色々聞いてたからか、京介君が口を挟んだ。
「うち、小さい頃に両親が離婚して…俺が母に、シンゴが父について行ったから苗字も違うし…」
「そうなんだ。えーと…君は斉藤健吾君…27歳。ギターの彼は、小野寺真吾君ね。」
夏の陣の時の情報を頭の中で開く。
すると。
「…小野寺?」
突然、京介君が顔を上げてシンゴ君をマジマジと見る。
えええ…人見知りの彼が、こんなに食い入るように見つめるなんてー!!
「あっ、もしかして、サイトーちゃんのお父さんバンドしてた人だったりする?」
「えっ?父ですか?まさか。」
「あー、そっかー。小野寺って聞いて、もしかしてって思っちゃったよー。」
「…まあ…そんなに……か…」
あー…。
なるほど。
『まあ…そんなにな世間は狭くないか…』
京介君…
SAYSの小野寺君を探してる…のかな?
「ちなみに、お父さんの名前は?」
会長に就任した時、社員の名前は全部頭に入れた。
過去のも含めて。
確か、小野寺亮市。
「亮市だったりしてー。」
頭に出て来た名前を、圭司さんが楽しそうに言うと。
「えっ、父を知ってるんですか?」
ケンゴ君が目を丸くした。
「え。え?ええ?サイトーちゃんのお父さん、小野寺亮市なの?」
「え…ええ…え?なんで…?」
えー!?
こんな事って…!!
バッ
立ち上がった京介君が、ケンゴ君の腕を掴む。
「…今すぐ、親父に会わせてくれ…。」
その言葉と共に、タブレットから流れて来たフレーズは。
『ずっと君を探してた』で。
あたしはー…
「次はシンゴ君と一緒に来て、生で聴かせて。」
京介君に腕を掴まれて、顔面蒼白になってるケンゴ君に言った。
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