第2話 移植痕のある遺体

名古屋警察の西方刑事が現場に到着すると、女性が2人青い顔をして震えていた。

派出の警官から一通りの状況説明は受けていた。

警察手帳を開いて女性に見せる。

「僕、西方遼といいます・・・大変な事件に遭遇しちゃいましたねえ〜え〜っと、発見状況は聞いたのですが、まずお名前からお願いします」

「はいっ、私は、斑目(まだらめ)るいです。住所は筒井町2丁目・・・」

「私は、東方和美です・・筒井町3丁目・・」

二人から聞いた遺体の発見状況は、二人とも新栄町2丁目にあるホームレス支援協会で支援活動していて、今日2025年5月18日の日曜日午前10時頃から公園にいるダンボール造り一階建ダンボール葺のお宅を訪問していた。12時過ぎに、この名古屋鶴舞公園に来て事件現場と公園を挟んだ向かいの4軒の小屋を訪問してから、半頃この高架下の小屋の玄関開けたら・・遺体があった・・、という事だった。

現場付近では不審人物等は見ていないし、遺体には近づいてもいないと証言する。


その後、西方刑事は検視官に病死のようだが、解剖しないと正確には言えないと言われた。

遺体は、市内の監察医のいる病院へ運ばれた。

西方刑事ら捜査班は、身元を確認するためほかのホームレスを全部当たったが知るものはいなかった。1週間ほど前から、小屋を建てていた事は分かった。

それから、その他の市内のホームレスを捜査員全員で当たったが、写真を見ても知る者はいなかった。

西方刑事は小屋を覗いてみる。ダンボールの床に何処から拾ってきたのか毛布が2枚に大きめのジャンバー、Tシャツが数枚。雑誌や本が散乱している。目覚まし時計が針を停めたまま転がっている。元の仕事や家族を想像させるような物は見当たらなかった。

翌日、鑑識から血液がO型である事、歯には珍しく治療痕がなかった事などの身体的な特徴の報告があった。驚いたのは、肝臓に移植の形跡がある事だった。10年くらい前の手術痕らしい。年齢は70歳代と書かれている。

警察の、データベースとの指紋照合では該当者はなし。

午後、署長が記者会見を開いて、鶴舞公園でホームレスが遺体で発見されたが、氏名不詳。年齢は想定70歳代、歯の治療痕無、肝臓の移植痕有りと公開し、心当たりのある方は署まで連絡を・・とした。


肝臓の移植は全国で年間700件余りあるらしく、名古屋警察だけでは手が回らないので、全国の警察署に10年前頃に肝臓移植をした身体的特徴の似た患者の情報を収集するように協力を要請した。


ひと月が経過した。個人からの情報提供はなかったが、各警察署から続々と情報が提供された。札幌、東京、名古屋、大阪、福岡に27人の対象者が浮かんだ。即、捜査員全員で手分けして電話を掛け本人確認を行った。・・・が、全員生存していた。

西方刑事は、すぐ分かると思っていたのに・・がっかりした。

「遼!・・そんなに落胆するなっ!まだ、全部揃った訳じゃ無い!」と立川健警部に慰められた。

「はい〜直ぐ氏名分かると思ってたし・・おそらく事件じゃないから、さっさと肩付けて〜次っと思ってたもんで・」

「まあ、暇じゃ無いからな、俺たちは、なっ!」ぽ〜んと肩を叩いて行った。


数日後、東京の北道大学東京第二医科病院の水野医師から電話が入る。

「はいっ!名古屋警察、西方です」

「東京第二医科病院の医師の水野といいます」

「はい、ご連絡、ありがとうございます・・で、何か?」

「他にも問い合わせしてるでしょうから、お聞きしているかもしれないのですが、頂いた手術痕の写真なんですが・・聞いてますか?」

「いえ、何も・・」

「あ〜そうですか、、じゃあ、電話して良かった。違うんです。切り方が・・10年前だと、肝臓の左葉の切り方が古いんです。15年前改善されて、カーブが緩やかに切るようになったんです。医学的な理由で・・。素人さんには見分ける事はできないと思うんですが・・つまり、その遺体の手術痕が15年以上も前のものなら、遺体を検視した医師なら分かるはず。・・ということは、・・考えられるのは、新しい技術を取り入れるのが遅い開業医の施術。または〜あまり言いたく無いのですが、その頃、臓器売買が流行した時期で、国外で移植したお金持ちが相当数いるという噂があったんです。そういう、非正規な医師による可能性が有るんじゃないかと・・・邪推かもしれませんが、ご苦労されているようなので、一つの参考意見としてお伝えした方が良いかと思いまして。・・」

「はあ〜そうなんですかあ・・なんか、あまりピンと来ないのですが・・その非正規と言うのは、どういう?」

「闇サイトとかで、高額な料金を払って、国内法令で禁止されているような移植を受ける。ということです・・・実は、いたんです。私の患者に、なかなか適合者がいなかったのに、ある時、うちの病院に来なくなったんです。どうしたのか心配して・・そしたら、数年後うちの別の科にかかったんです。そして、肝臓は?って聞いたら〜国内で別の病院で移植したって言うんです。でも、国内の正規の病院だったら連携してるので、私らにも分かるんです。・・・つまり、非正規だと言うこと・・会社の偉いかただったんで、お金はあるから、闇サイトで買ったんですよ!肝臓」

「えっ!売ってるんですかあ、肝臓!」

「勿論、違法ですよ・・お金の無い人が売るんですよ」

「はあ〜そうですかあ・・・」

「いやいや、お忙しい所、余計な情報かも知れませんが・・」

「いえいえ・・ありがとうございます。捜査の参考にさせて頂きます。ありがとうございました。何かあったら、直接お話を聞きに行くかもしれませんが、その時は宜しくお願いします」

「はい、分かりました・・失礼します」

・・・

西方は立川警部に報告、ハイテク捜査班に臓器売買の闇サイトの有無の捜査を要請した。


暫くして監察医からドナーの肝臓の染色体にY染色体がないこと、遺伝子の中に存在する老化を防ぐ機能が本人のものと比べ圧倒的に活発化していること、肝臓自体が明るい色で血流も多いこと、などの点を踏まえると、ドナーは女性で、当時10代かせいぜい20歳前後であろうという結論に至ったという報告がきた。


捜査会議では、死亡した本人の情報からの捜索を続ける一方、ドナー側からも捜査する事になった。

結局、死亡した男性は心臓疾患による病死と断定された。


事件性が無いということで、捜査本部は解散し、西方と同僚の山形竜夫刑事の二人が引き続き氏名を明らかにするため捜査を続けることになった。

数日後、ドナーのDNAと同一のものが家出人捜索願の中から発見された。西方はその情報を持って東京の国分寺市警の飯田警部とドナーの朝木由宇の家を訪問する。両親は健在だが事前に電話で知らせてあったせいか、何かを期待する眼差しで迎えてくれたが、それ以上の話がない事を知り失望と不安から肩を落とし声にも影が差す。

西方はリビングでもう一度発見状況を説明した上で、ドナーである娘の由宇さんの部屋を見せてもらう。当時のままという部屋は少女の住む部屋という感じが出ていて、当時16歳の写真が数人の友人と写されている。

その隣に薄く字の見えるメモ用紙が置いてあり、両親の許可を得て鉛筆で擦ると東京の病院名が浮かんできた。

それを見た飯田警部が「なにっ!」と大声を出す。

西方刑事がどうしたのか問うと手刀を切り唇に指を立てる。

その後、両親には移植はしても亡くなったと言うことでは無いので、諦めないように言葉をかけて辞去した。

パトカーの中でその病院は国分寺で捜索願が出ている娘の最後のメモ紙に書かれた病院名だと告られた。


2時間後、西方刑事は飯田警部と中野区沼袋駅裏の水上野外科総合病院の前に立っていた。

案内された院長室で事情を話すが、メモに書かれた家族控室や休憩室は開放していて、使用中と空きという札の表裏の文言を使い分け、自由に利用してもらっているので、誰が使ったかは管理していないとの事であった。

その後12階建ての病院内を案内してもらったがおかしな点は見つけられなかった。

移植については、すべてパソコンに記録が残っていて西方刑事が該当の無いことを自身が操作し確認した。




柚葉ちゃんの残したメモから一心は中野区の水上野外科総合病院に調査に向かった。

病院は12階建の総合病院らしい、何故、名前に『外科』が付いているのか疑問だが、まあどうでも良い。

7階の休憩室は出入り自由。空いてたら入ってドアの札を空室から使用中にするだけ。

向かいの会議室も同じ札がある。

一応、ナースステーションにも確認した。

「数馬!この休憩室の廊下にも盗聴カメラな」

「おう」と蠅型カメラを取出し天井付近に設置する。

手術室は3階と4階に計4つある。流石に大病院だ。

地下へ行くと、倉庫とか警備や掃除婦らの休憩室とか医師・看護師のロッカールームなどがあった。

霊安室は広そうだが中に入るのは数馬の役目。即、忍び込んで遺体を確認させる。地下の玄関も毛虫型盗聴カメラを仕掛けさせる。

そのた各階を見回ったが気になる場所は無かった。

一心がロビーで数馬と待ち合わせし、帰ろうとした時に、視線を感じた。

「静!数馬!誰かが見ている。俺の後をついてこい!キョロキョロするなよ!」

そう言って、俺は裏玄関へ向かう。どうやら年増の女と若い兄ちゃんとに尾行されているようだ。

「やっぱり、ついてくる。静!外へ出て建物の角曲がったら、待ち伏せしようぜ!数馬は堂々と歩け振り向くな」

裏玄関を出ると、病院の中庭へ続くクネクネとしたアスファルトの細い道がついている。建物の外は木立が並びその向こうは駐車場になっている。

角を曲がると中庭。曲がって直ぐ壁に体を寄せて身構える。

先に男が曲がって来た。

「静!」

言うより速く右手のパンチが男の腹にめり込む。

むぐぐっ・・男は腹を押さえ屈み込む。

続く年増の女は顔の前で警察手帳を広げながら角をゆっくり曲がってくる。

俺は殴りかかる構えで、ピクリと身体を止める。

「け、刑事さん!」

「お宅ら、何者?」

若い男も腹を押さえながら手帳を見せる。

「あ〜ごめんなさい・・うちら探偵どして、行方不明者の捜索に来たんどす・・」

女刑事は俺を睨んだまま

「その話は署で聞きます」と言って、道路の方へ行くよう顎で促す。

「こら失礼しましたなあ〜」静の京都弁に不思議そうな男刑事。

「あ〜これ俺の女房でボクシングで身体鍛えてるもんで、あんちゃん痛かったろう。すまんなあ〜まさか、刑事がつけてくるとは思わんかってん」

刑事らは無言でパトを走らせる。


署の取り調べ室で女刑事は

「私は飯田警部、こっちは名古屋の西方刑事。失踪事件の捜査をしていました。お宅らも同じかな?」

「お〜、国分寺市の女子高生の親から娘を探してくれと頼まれた。警察は当てにならないって」

「何!国分寺?・・その名前は?」

「そら〜言えんじゃ」

「何が守秘義務じゃ、ぶち込むぞ!」

女刑事は息が荒い。

「脅しに負けた訳じゃないけど・・・もしかして刑事さん!同じか?」

「多分そう・・こっちから言うわ!上向井」

と女刑事が言うので、俺が「柚葉・・・」

同一人の捜査だ。

俺は半年過ぎて未だあそこの病院に拘ってるのかと思って「あそこから進展なしかい・・・チンタラやってんなあ〜」

と口端を上げて言うと。ギラリとした目をこちらに向ける。そしてどうせ何も掴んじゃいるまいと確信しているような素振りで

「ほ〜そっちは何か情報でも?」と訊いてくるので「いや、うちら今日スタートだから、半年以上調査期間違うのに何で進歩ないのかなあって思ってさ」と適当に応える。

女刑事は若い刑事にコソコソ話をしたあと

「今日は帰っていい!・・」

それだけを言って部屋を出て行こうとする。

「名古屋の刑事さんがなんでここに居るんだ?」

年増警部と若者刑事はかおを見合わせて

「まあ、いいだろう〜名古屋で移植痕のある遺体がでた。そのドナーの女子高生の自宅からここの病院名が出たんだ」

「と、言うことは、どう言うことだ?」

「この病院が、行方不明少女に何らかの関わりがあるということだろ!分からんか!」

「流石だなあ、警察は。どうだ、俺たちと共同戦線張らんか?」

女刑事は少し渋い顔をしてから唇を緩め、

「同じ目的のようだから、私は良いんだが、警察はそういう取引はしないとこなんだ!だから、私の携帯教えるから、お前の教えろ」

「おっ、良いねえ年増の警部は、俺のは、・・・」

「私のは、・・・だ。情報隠すなよ」

そこへ美紗から無線が入る。

「一心、遠距離で同じ病院が関わるためには、サイトがあるんじゃないか?聞いてみろ」

それもありだなと思い、年増に聞くと、女子高生が関わるサイトといえば、出会い系、妊娠相談、自殺、買い物、ゲームかなあ、との返事。

それぞれの携帯の履歴調べれないのか?と詰める。

調べさせることになった。



名古屋に戻った西方刑事は会議室で市島智華さん65歳と向き合っていた。

荼毘に付された遺体は、写真や遺品、身体的特徴から間違いなく夫啓介と確認された。

その上で、西方刑事は移植について聞くと、夫人は歯切れの悪い言い方で顔を曇らせる一方。

仕方なく、ドナーがどういう人だったのかを説明すると、目を見開き口を広げ言葉を詰まらせた。

じっと指先を見つめ大きくため息をついて、顔を上げた。

お話しします。と告げて移植について語り出した。

長野の医者に肝臓がんで移植しかないが、患者は多くいつになるかわからないと宣告された。私は主人の落ち込む様子を見ていられず、何とか助けたくて病院を探すうち、あるサイトに行き着いた。

前金五千万円、術後一年生存した時点で成功報酬五千万円が条件だった。

手広く商売をしていて裕福な暮らしをしていたので、主人には内緒で申込みお金も払った。1年後成功報酬も支払いホッとした矢先。事業が破綻して全てを失って、いつの間にか主人は姿を消した。

移植した病院へは東京の品川駅のトライアングルブロック前で待ち合わせ、目隠ししたワンボックスに乗せられ約1時間、地下駐車場で降り、あとは車椅子に乗せられて下を向いているように言われ、多分6か7か位の階で降ろされて、そこで手術を受け3ヶ月くらい入院して退院時も、地下から同じ車に乗せられ、待ち合わせ場所で降ろされた。

だから病院名とか場所とかわからない。ただ、地下から見上げたら薬屋の看板が見えたことだけは覚えている。という話であった。

西方刑事は東京の飯田警部に話をし、品川駅から1時間半以内の病院の地下駐車場から道路を撮影し送ってくれるよう依頼した。

何件かの候補がでたら実際夫人を連れ同じように走って、地下からも見上げてもらう考えだ。

その話で一心に電話が入り、6階建て以上で品川駅から車で1時間程度の距離にある病院の地下から地上を見上げた写真を飯田警部自身と西方刑事の携帯に送るよう依頼があった。

一心はすぐ一助と数馬にその旨を伝え作業に入らせた。ただ、時間は伝えなかった。同じ道を通る可能性もあるからだ。

2週間後、送られた写真は都内全域、神奈川、埼玉、千葉など200枚を超えた。

薬屋の看板は20枚足らずの写真に写っていた。


1週間後西方刑事は市島夫人を連れて、飯田警部と品川駅で待ち合わせ病院を当たることにしていた。6階以上に手術室や病室が明らかにない病院を除いて7カ所を巡る。都内と千葉にも該当があるので、夫人の体力と相談しながらゆっくり走ることにしていた。

予想していた水上野外科総合病院の手術室は3階と4階にあるので対象外となった。

一日中走り回り、都内の3ヶ所と千葉に1ヶ所が残された。夫人はその病院内に入ってみたものの判断できないとのことであった。

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