希死念慮者殺人事件

闇の烏龍茶

第1話 岡引探偵事務所始動す

浅草の昔ながらの風景に溶け込んでいる四階建ての貸ビル。2階の窓ガラス一杯に岡引探偵事務所の名前が描かれている。

ごめんください、と久々の客が来た。

「あいよ〜・・どうぞ、そこへ座って・・・今行くんで」

事務所に顔を出すと、40代後半位の夫婦らしいカップルが入り口に立っている。最悪の人生を送ってきたかのような疲労感が滲み出ている。こちらを見た女の目はどんよりとして希望は窺い知れないし、頬はこけて化粧っ気がなく、色気と言うものを微塵も感じさせない。男に目をやると今にも死んでしまいそうな佇まいで、暗闇の中に微かな灯火を求めるような目で俺を見つめている。

受付のカウンターがあるわけでもなく、部屋の真ん中にどんと応接セットがコの字型に置かれ、壁に並んだキャビネットには本やファイルが無造作に並べられている。

「で、どんな御用件でしょうか?」

自分が座り手を差し伸べて座するよう勧める。

「あの〜こちらは探偵さんで?・・」

訊かれてあっと思った。上下ジャージ姿で出てきてしまった。

「ごめんな、普段この姿なんで失礼。そうだ、先に、自己紹介させてもらうわ」

家族全員を自分の後ろに並ばせて端から指を指す。

「俺が、岡引一心(おかびき・いっしん)44歳、ここの所長な一応、で、端の婆さんは静(しずか)42歳俺の嫁でハッカー、隣のヤンキーは長男の数馬22歳鍵開け得意、その隣が長女美紗20歳電子機械製造係・・色んな盗聴器とかも作れるんだ。今いないのが、岡引一助って言って、車、飛行機、ドローンとかの操縦士。・・まあ、こういうメンバーで仕事を受けてきたのさ・・どお?心配か?」

二人は不安気な顔を崩さず「いえ、大丈夫です」固い口調で答える。

「それじゃあ〜お名前とお話し聞いてから費用の話しするから・・」

そう言って話を始めるよう促す。

客の名前は上向井茂奥さんは洋子。娘が一人、柚葉という。

今年2月に娘と同じ国分寺北西高校に通う友達の大川原絵梨花が行方不明になった。

娘は幼馴染で親友だと思っていたのに、前の日曜日にも一緒に買い物に行ってマックで色々話もしたのに、忽然と姿を消してしまい、身体を雷が駆け抜けるようなショックを受けた。絵梨花のお母さんもまったく心当たりがないと、柚葉を見るや立ってられずに崩れ落ち身体を震わせ激しく嗚咽。娘はなす術を知らずただ涙が滴り落ちるのを止められなかった、と父親は娘から聞いたことを涙を交えて話してくれた。

その一週間後の3月5日、今度は娘が友達の所へ泊まると書き置きして、そのまま行方がわからなくなってしまった。何の前触れも無かった。

二人とも制服を着たままで私服は持ち出していないという。近所や学校、塾の友達や担任の先生、塾の先生のほか親類にも恥をしのんで聞いたが誰も何も異常を感じていなかった。

勿論、警察には届出したが、単なる家出と思ったのか真剣味は感じられなかったようだ。

一週間が過ぎて情報を集めようとチラシを駅前で配り始めた。当初は色々情報を提供してくれる人もいたが、1ヶ月もすると急に情報は少なくなって3ヶ月後には殆どなくなってしまった。

有効な情報は皆無だった。それでも、万一と思い続けた。

その後も確かなものはまったくなかった。会社の人や近所の方がボランティアでチラシ配りをしてくれたが、朝5時20分の始発から夜11時半の最終まで続けるのは、辛かったという。

半年余り配り続けた。

呼びかけの声を出すのに精一杯になって、夫妻の会話も辛くなった。まともな食事を取っていないのと、心労ででげっそり痩せた。

そのうちチラシを受取る人さえも少なくなってきた。

そして今日の昼前、男性が近づいてきて、特に情報あるわけじゃ無いんだが、僕のおじさんが浅草で探偵やっていて、お金もかかるんですが、頼んでみませんか?

、と声をかけてきた。

それで、あれこれ考えているうちに、この名刺を押し付けて青年は駅の人混みに消えて行った。その名刺には「探偵 岡引一心」と電話番号が書かれていた。裏面には事務所の住所が書かれていた。

迷ったが頼んでみる事にして、電車に乗って午後3時過ぎ浅草に着いた。そこからタクシーに乗り住所を言って・・・10分程で探偵事務所の前に着いて、見上げると2階に看板が出ていた。

と言う事らしい。


そして、その受け取った名刺と、娘の写真のほか警察にも提出したという歯型とか血液型の情報もテーブルに並べる。

最後に、擦って文字を浮かせたメモ用紙をテーブルに置いた。そこには東京の病院名が書かれていた。

一心が「この病院は?」と聞くと、

いなくなった後、机の上にそのメモが置かれていたんです。多分電話で相手が言ったのをメモしたんだと思います。勿論、警察に渡してそこへ行ってもらったのですが、その娘は来てませんよ。此方からも来るように言ったことも有りません。と冷たく遇らわれたたそうだ。

「ふ〜ん、変ですねえ・・・先ず、ここからだな・・・」

一通りの話を言い終わったようなので、じゃあ、と切り出す。調査費用と実費などすべて込み、但し、6ヶ月間で、50万円でどうでしょうか?、と恐る恐る金額を言ってみた。

「えっ・・結構高い!」思わず、奥さんの洋子さんが呟く。

その呟きは聞こえなかったふりをして「娘さん、お金は普段幾ら位持ってます?」と質問を重ねる。

奥さんが腕組みをして

「そうねえ〜2万円くらいは持ってたはず」とご主人を見るがご主人は首を傾げる。

「ほう、高校生で2万円・・俺より金持ちだ・・・じゃ、余り遠くには行けないから、その病院に何かあるわ・・間違いない」

と言って一応ニコニコ愛想笑いする。

お父さんはじっと自分の拳を見つめてから、顔をグッと持ち上げ一心に目を据えて「分かった。頼みます。ただ、半年経って何も有りませんなんて止めて下さいね。その時は費用を返して頂きます。」と今までに無かったキリッとした物言いで依頼することを告げた。

そして夫婦は互いに顔を見合わせ微かに唇を緩めた。

「おっ、来ましたなあ・・そりゃそうじゃ〜50万もの大金、そう簡単にはねえ〜奥さん」ちよっと冷や汗をかいたが交渉が成立しテーブルの下で拳を握る。

「はい、何でも良いから見つけてください。お願いします。もう、半年になります。心配で心配で・・」奥さんは皺くちゃになったハンカチを強く握りしめた拳を膝の上で震わせている。

「そうだよなあ、女だからなあ・・」

その続きを言わせないように静が口を挟む。

「あんたあ〜そないな事を、不安がるようなこと言わいでもよろし」と優しそうな顔立ちを崩さないまま俺をボクサーの目で睨みつける。

最後に、夫婦を憤慨させるかも知れないが、どうしても確認は必要なので、先に謝罪の言葉を口にしながら頭を下げ、彼氏の存在と妊娠の有無を聞く。

予想どおり眉をピクリとさせ、ないっ!、ときつく回答。

「そこの病院の待合室でも、会議室でも、俺開けるから中調べちゃろ!」と数馬。

「関係者全員に盗聴器、できれば動画も撮れる盗聴カメラつけてやろ」とは美紗。

「盗聴器はシール型や糸屑型。盗聴カメラというのは盗聴器にカメラ機能を持たせたやつで蠅型とか毛虫型とかあるんだ」と鼻の穴を膨らませて要らない説明をする。

「ドローンカメラで窓の外から中で何やってんのか覗いてやろうぜ」と来たばかりの一助。

「直ぐ来たんだなあ、さっきはどうも」

両親は入口の方に視線を上げて軽く頭を下げる。

「で、報告は2週ごとにメールで、質問はメールまたは電話でするので、よろしく・・」

「あ〜友達の絵梨花ちゃんはどんな娘?写真とか情報とかあったらもらえますか?。もしか、同じ所にいるかもしれないのでね。そしたら、見つけてあげるからさ・・・あと何か質問とかある?」

そう言って、振り込み口座を書いた紙を両親に渡す。


「絵梨花ちゃんは、柚葉と背格好は同じで髪の長い左エクボの可愛い娘です」そう言って、両親は静かにゆっくり深く頭を下げ帰って行った。


「おう、まず、このメモの東京の中野区沼袋駅裏の水上野外科総合病院の7階の第3家族休憩室に午後6時半・・・ここからスタートだ。俺と静で様子見。数馬は一緒に行って、玄関、エレベーターとその休憩室に盗聴カメラ設置と医師や看護師で気になるやつに盗聴器な、美紗はその病院のハッキング・・電話、カルテ、診療計画と医師・看護師から掃除婦まで人事情報なんかを集めてくれ。で、一助は待機。」一助は不満顔。その顔を見て。

「一助!ここから病院へ急行するかもだから、バルドローン用意な」

「何だ?バルドローンって?」

「ほら、先月美紗が開発した翼型のアドバルーンで人間を空中に浮かせて、ドローンを背負って空飛ぶやつよ・・知らないのか?」

「俺、お初・・」

「何だ、美紗!一助に教えてやって!一助は直ぐ飛ぶ練習しとけ、夜こっからその病院まで実際に飛んで時間とか記録しとけや」

「おう、分かった。墜落しないんだろうなあ?」と一助が美紗をみると、鬼の形相。

「分かった。冗談だ。信用してるって」

「ふんっ!百キロも出るからビルに激突すんなよ!」

「誰操縦すると思ってんのよ!」

「じゃ、皆んな、行動開始だ!明日、朝からミーチングな!」

「ふふふっ」と静。


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