第44話 お前こそが相応しい
高く聳える木々が天を削っても、月の光は僅かにリューリを照らしている。
リューリは息を切らしながら飛び起きた。
一体何が起こったのか、俺はどうして倒れてるのか、リリスは何処へいったのか。
どこまでが夢で、どこまでが現実なのか。
寝起きの様に全てが不明瞭。
ただ、夢の内容は正確に覚えている。
いつもの悪夢のように、ぼやけてはくれない。
とてつもない疲労感と倦怠感。
意識を失っていた筈なのに、ものすごく眠い。
頭蓋にヒビが入ったような頭痛が思考を妨げ、ブレる視界が心を惑わす。
そんな時、ローブ姿の男が近付いてきたのが見えた。
「ファイヤブラストッ!」
警告なしの火炎弾が木々の間を貫き進む。
だがそれは奇襲にはならない。
ローブの男はそれを難なく躱したのだ。
リューリの魔力は海でアシェッタと別れてから強くなった。否、元に戻った。
『命を分け合う』というアシェッタとの契約のパスが切れ、アシェッタに魔力を無意識に供給してしまう事がなくなったのだ。
それならば、リューリの魔力量は多い。
推定、Aランク上位からSランク中位。
故に、リューリの放った火炎弾は強力なものだった。
だが、それを難なく躱したとなれば相手は相当な実力者だ。
それこそ、国に三人しかいない『賢者』のような——————
(って、俺はその賢者をとっ捕まえにこんなところまで来たんだった!)
「随分なご挨拶ですね」
「死霊術師ケミーだな?」
一歩前に出たリューリがローブ男を見据える。
「如何にも。」
「一応聞くが、無抵抗で捕まる気はあるか?」
「愚問、ですな……」
「ああ、俺もそう思うよ。」
——————正直疲れてるが、力試しには丁度いいか。
「その眼、どうやら厄介な人を敵に回してしまった様ですね」
ケミーはローブの裾を口元に当て、表情を隠した。
その真意を、リューリは図りし得ない。
だが、拳を構える。
ここで戦う事は、間違っていない筈だ。
「では、我が秘術に堕として差し上げましょう!」
相手は三賢者とも言われた王国きっての使い手。
リューリは相手の動きを注視した。
よく見て、後出しで有利な手を打つというのは獣ですら本能で知っている勝負の定石。
リューリもそれに習った。
「はい、一万円。」
「は——————?」
ケミーは懐から、フクザワ紙幣を取り出した。
「これで見逃して下さい。」
「はぁ!?」
全身から、力が抜ける。
想定外の状況に、流石のリューリも戸惑っていた。
「我はこれでも賢者。この我が魔力……戦えばどうあれお互いダメージは免れない事は分かるでしょう? それに貴方は疲れてらっしゃる! 賞金300万円には足りないですが、この一万円でおいしいモノでも食べに行くのが懸命かと」
早口で捲し立てるケミー。
身振り手振りも加わって、路上販売じみていた。
この疲れたところにフクザワ紙幣。
半日の稼ぎとしては悪くないし、疲れているからこれ貰って帰ってもいいかもと、かなり心が揺らぐ。
だが、
「いや、俺は戦うよ。リリスを蘇らせたのお前だろ? なら、落とし前は付けさせないと」
リューリは瞳を閉じ、拳を握った。
譲れない大切なものを貶めたコイツは一発殴らなければ気が済まない。
「リリス……? 誰です?」
「とぼけるなよ、死霊術師なんだろ?」
「ああ……でもさっき君が掛かったのは幻術ですよ。寝てたでしょ? そういう罠なです。」
なんて事ないように言うケミーに、リューリは嘘を感じなかった。
(軽薄そうなやつで信用はできないが、今のこの態度は"ウソをつくまでもない"って感じだぜ……)
「まっ、それでも腹いせにぶん殴るんだけどなぁっ!」
至近距離からの右ストレートがケミーの顔面突き刺さった。
「ごはっ!」
すると、ケミーのローブが乱れ、隠されていた顔が顕になる。
黒い長髪の中年ぐらいの男の顔——————
「あっ、アンタ……街で聖水売り付けてきたおっさん!」
「しまった!」
「そうか分かったぞ……あのおっさんがケミーなら……自分の指名手配を逆手に取って、死霊に効きそうな聖水を高値で売ってやがったんだな! とんだマッチポンプじゃねぇか!」
リューリは指を差し、看破する。すると、
「ちっ、バレたか……そうさ、オイラぁ稀代の大ペテン師、
ローブ男——————もとい、嘲笑のケミーは態度を豹変させた。
「……」
「いやぁ、バカだよな。死人が生き返るわきゃねーのに、適当な幻術と口裏を手下と合わせりゃ死霊術の完成だ。つっても手下の一人が他の詐欺で捕まっちまって雲行きが怪しくなってきたもんだから、トンズラこいたっつー訳なんだが……」
肩をすくめ、『嘲笑』の二つ名の通りの言動をするケミー。下衆である。
だが、ただの下衆ではない。
ありもしない死霊魔術を謳い、騙す。
国に三名しかいない魔法使いの最上位、『賢者』の称号は伊達じゃない。それをこの男は騙し取ったのだ。
国さえ騙す男、嘲笑のケミー。
彼の諸行を理解した瞬間、リューリはケミーに尊敬の念すら覚えていた。
「そりゃあ、なかなかだな……じゃあ何か、全部ペテンだったと……」
「そういうこったよ。で、オイラをどうする気だい?」
少し考え、リューリはいい事を思い付いた。
「一つ、提案がある。」
「殺し合いより建設的でいい。聞くぜ。」
「俺をアンタの弟子にしてくれ!」
「そりゃ、どういう……」
「俺はこれまで、自分の数百倍は魔力のある連中と、あの手この手を尽くして戦ってきた。それは、或いはペテンに通ずる所があるかも知れない。アンタになら、俺を強くできる。俺は強くなりたい……」
「つっても、お前さんそんなに魔力が少ない様には見えんが……」
「訳あって魔力が激増したんだ。(ホントのところは元に戻っただけらしいが、話す必要はないな。)だから、アンタが便利だと思った魔法も教えてもらう。」
「ほぅ……それで、見返りは?」
「逃亡の手引きをする。アンタが俺を強くしてくれる度、関所を一つ越える。」
「それなら、どちらかが途中で裏切っても一定の利益が補償される……と、なるほど、いい提案だ。伊達に格上と渡り合ってきた訳じゃないみてぇだな。」
リューリは頭脳明晰とは言えないが、悪知恵が回る。それで幾つもの修羅場を潜り抜けてきた。
ケミーにも通ずる所があるのだろう。
ケミーは満足げにうんうんと頷いた。
「そういう事だ。んな訳で——————」
「ああ」
「「よろしく!」」
リューリとケミーは拳をコンと突き合わせる。
それから、修行と逃亡の旅が始まった。
その中でリューリは下法魔術と呼ばれる"手段を選ばない者達"の為の魔法と数多くのペテンを学び、ケミーは上手いこと隣国へと逃れたのだが—————それはまた、別の話だ。
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