第43話 過去
王国には、三賢者と呼ばれる三人の強者が居た。
その一人、死霊術師ケミーが離反し、何処かへ逃亡したと言う。
冒険者ギルドでは、彼に高い懸賞金が掛けられていた。
堀の深い白髪の美男子の人相描きと共に掛けられたその賞金は——————
デッドオアアライブ。3.000.000¥
海でアシェッタと分かれたリューリは、借金返済と修行を兼ねて冒険者ギルドに訪れ、その張り紙を目にした。
丁度いいと、すぐさま死霊術師ケミーを探しに向かう。
八月最後の一幕である。
「さて、どっから探すかね……」
勢いよく冒険者ギルドを飛び出したリューリだったが、アテは無い。
無策にうろちょろするだけだ。
「あの……そこな御仁」
話しかけてきたたのは、猫背で黒い長髪の中年ぐらいの男だった。
細身で、背はリューリより少しだけ高い。
「ん? 俺?」
「はい。もしや、何か探していらっしゃるのでは?」
「ああ、賞金首のな、ケミーってヤツを探してる」
「それでしたら、ここから東のゲルゲン渓谷の二つの山小屋のうち東側の山小屋に潜伏しているという噂を聞きます」
「へぇ……もしかして、アンタも冒険者か?」
「はい。ですが今は仲間がやられてしまいまして、休業中にございます」
「それはドンマイだったな」
「もしゲルゲン渓谷に向かうのでしたらお気を付け下さい……奴の死霊術は強力です」
「ああ、王国で三人しかいないっていう賢者の一人らしいからな。だが、俺は誰にも負けられねぇ……強くなるって決めたんだ!」
「あっ、そうですか……ところで、死霊術に効く聖水をお安く売っているのですが……」
そう言って男が取り出したのは、瓶がぎっしり詰まった木箱だった。
木箱には、瓶一本あたりの値段が書かれた紙が貼られている。
「いや押し売りかよ! しかも一本10000ってぼったくり過ぎるだろ! そんな金ねーよ!」
「ケッ、無駄な時間使わせやがって……テメーなんざゾンビにでもなっちまえ!」
金が無いと分かった途端、この豹変ぶり。
(こういう輩は何処にでもいるなぁ……しかし、ケミーの居場所のアテが出来たぞ!)
「面倒臭いのに絡まれた分、せめて情報は有効活用しないとな」
リューリは早速ゲルゲン渓谷に向かった。
背の高い木々が生い茂り、日差しが遮られて涼しいが、舗装されてない地面を歩くのは骨が折れる。
登山した後三賢者なんて実力者と戦うとなると、かなりキツそうだ。
(一応防水魔法が施されたシートを持ってきているし、野宿はできるな。)
そのまま東にしばらく進むと、情報通り山小屋があった。
それが死霊術師ケミーのものならば、周囲に罠が張り巡らされている筈だ。
(警戒して進もう……)
衣擦れや、枝葉を踏まない様に慎重に進み、木々の合間から様子を伺う。
だが、本当に警戒すべきは周囲ではなく、足元だった。
(足元に、紫色の霧……?)
気付いた時にはもう遅い。
リューリの足は、既に回避不能の領域へと踏み込んでいる。
その証拠に、ほら。
足元の煙は、一瞬でリューリの背の高さ程に膨れ上がり、そして———————
「リリ、ス……?」
リューリの目の前には、かつて自分で殺した筈の、自らの妹が立っていた。
空の闇を映した様なダークブルーの髪はショートカットで、お気に入りのピンクのワンピースを着ていて、幼いながらも何処か全てを知ってしまっているかのような冴えた眼付き。
(リリスだ……あの頃のリリスだ……)
「お兄ちゃん、元気そうだね……」
「リリス……」
リリスは、少し俯きながらリューリに話しかけた。
「あれからどう、元気にしてる?」
「あ、ああ……お前は、もしかしなくても死霊術で……」
「生き返った、とは、呼べないけどね。ほら、」
リリスが手を振ると、指が二、三本ポロポロと落ちた。
「——————ッ!」
非現実的で、猟奇的な光景に流石のリューリも狼狽える。
「あはは、お兄ちゃんびびってる。おっもしろーい!」
「そりゃ、殺した相手が生き返ってきたらビビりもするさ……」
「そうなんだぁ〜、リリス人殺したこと無いから分かんなーい。」
頬を引き攣らせるリューリと、それをいたずらっぽく覗き込むリリス。
二人の間に流れる風は、冷たい。
「そうだよな、父さんと母さんを殺したのはお前を暴走させたザラギアだもんな……人殺しは俺だけだ。」
「そうだよね。でもリリス、出来た妹だから、お兄ちゃんを一人にはさせないよ。」
スっと、リリスの白い腕がリューリよ首筋に這う。
リューリはリリスのやろうとしている事を察した。
だが、抵抗はしなかった。できなかった。
リリスの細い指が、リューリの首を締め上げていく。
(苦しい……それに、冷たい。そうか、リリスもこんな苦しみを……)
視界が狭まり、身体の末端から熱が抜け落ちていく。
だんだんと、意識が朦朧としていく。
(寒い、寒いな……)
熱を失ったリューリの身体が、僅かでも熱を得ようと必死で震える。
——————「俺の炎をお前にやる、だからお前もお前の炎を寄越せ」
「いいよ。その代わり、最後まで私と一緒に居て。」
それは、いつか何処かの記憶。
走馬灯ってヤツだろうか。
或いは、ずっと大事に仕舞い込んでいた宝物か。
そして、リューリの身体に少しだけ温かなものが戻った。
バシンッ!
「何するの、お兄ちゃん。同じになろうよ。リリスにあんな事したんだし、そうするのが"落とし所"でしょ?」
手を弾かれたリリスが、仰け反りながらリューリに聞いた。
「ごめんな、リリス。」
咳き込みながら、手と膝をつく。
首を絞められていたからか、顔面に変な汗や汁が滲む。不快だ。
だが、あの冷たさは何処かへといっていた。
腹を括り、顔を上げる。
「俺はもう引き返せない。アシェッタと命を分け合い、リリスを殺してまで生き残った俺が、こんな所で、こんな感傷で殺されてやる事なんて、出来るわけがない!」
血を吐くように、
「俺は……生きるッ! 生きてアイツの隣に居る。その為なら、お前が何度蘇ろうと、殺してみせる!」
リューリは、覚悟の言葉を吐き出した。
「リリスを二度も殺してまで……そんなに命が惜しいって言うの!?」
「ああ、惜しい! 生きてたって毎晩悪夢は見るし、お前を殺した過去は消えねぇし、借金もまだ300万近くあるし……それでも、そんな散々でも……人生何も良い事無くても、生きたくなくても、死にたくても——————俺は死にたかねぇんだよ!」
立ち上がると、リリスの身体が随分と小さく感じた。
「矛盾してる……」
「俺はドラゴンじゃなく人間だからな、弱っちぃ人間だから、矛盾だってするさ。」
リューリは、拗ねたような顔をした妹に笑いかけた。
「お兄ちゃん、リリスとはもう一緒になれないね。」
「ああ。ごめんな。」
こうして、リューリは再び妹を殺した。
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