第42話 道・道・意味




 瞬間、巨大な火球がアマミヤの視界を埋め尽くした。


「これが、アシェッタちゃんのフルパワーか……」

 咄嗟に顔を覆うが、回避は間に合わない。

 車輪に蹴られた小石のようにアマミヤは吹き飛んで——————


「ウインドステップ!」

 風を纏って何とか壁面に着地する。

 だが、休む暇は無い。

 あの火球が、もう二発放たれた。

 (避けるのは無理そう……ならっ!)

 アマミヤは壁を蹴り、一方の火球へと飛び込んだ。


「シャイニングブレイカー!」

 叫び、アマミヤは光の一閃となった。

 そして、その線は火球とぶつかった瞬間、人の形へと回帰もどる。

 不定形が可能にした超スピードと、定形の傷付け合う性質がミックスし、人の身では有り得ない破壊力を生み出す。


 ドカァアアアアアアアアアアアアン!!!


 アマミヤは、アシェッタ渾身の攻撃を打ち砕いたのだ。


「どうだいっ!」

「悪くないわよアマミヤ——————

リューリの次にねっ!」

 意識外からの一撃。

 アシェッタの拳がアマミヤの鳩尾に食い込んだ。


「ボクは盤上の支配者……アシェッタちゃんがもう一つの火球の影にに隠れていた事ぐらい分かっていたよ」

「強がりを——————ッ!」

 吐血しながら口の端を歪めるアマミヤに、アシェッタの拳がもう一度振われる。

「がはっ!」

「このまま終わらせてあげるわ……」

 アシェッタがラッシュの構えを取った、その時——————

 ザクッ!

 アシェッタの体から、光の槍が五、六本飛び出した。


「ドレイン——————君の力を拝借したよっ!」

「それがどうしたぁあああああああああ!!!」

 痛みと脱力感。それに構わず、アシェッタはアマミヤにラッシュを打ち込んだ。

 肩、胴、鳩尾、顔面、顎……アシェッタの拳は的確にアマミヤの急所を攻める。

 アマミヤは出来の悪いパペットのように中空で無様に踊る。

 だが、アシェッタの拳がアマミヤに触れる度、アシェッタの身体から生える光の槍は太く、大きくなっていく。

 (本当に魔力の底が見えない……幾らドレインで力を吸収し続けているとは言え、これ以上パンチを食らったら死んじゃうよ……)

 アマミヤは殴られながら、左手の薬指を親指で押し込み、『引き金トリガー』を引いた。


 光の槍が爆発する。

 弾け飛ぶ血肉と、焦げ臭い匂い。

 (血生臭いったらないなぁ……一応、空中神殿で覚えた聖なる魔法らしいんだけど……)

 アシェッタの動きが止まった一瞬の隙を見て、アマミヤは後ろへ飛び退く。頬に返り血を受けて。

 アマミヤは頬をペロリと舐めると、爆発跡の粉塵を鋭く見据えた。


「アシェッタちゃん、分かってるからボクの胸に飛び込んでおいで!」

「ほんと、貴女って人は——————」

 (ふざけているようで、盤面の全てを冷静に見極めてる。古文書レベルの隠し種が通じなかったっていうのに、まるで調子が崩れない。これじゃ、焦ってバンバン大技を撃ってる私がバカみたいだよ……)


「——————それでも、私はリューリの元へ行く!」

 アシェッタが歯を食いしばって覚悟を燃やすと。

「ならボクは、君を倒してあの場所に戻りたいよ。」

 そう言ってアマミヤは俯く。

 彼女の白い髪がその瞳を隠し、その心は計り知れない。


「連打乱打=バーストリボルヴッ!」

「フラッシュ・バン!」

 アシェッタが流星群じみた火球の群れを放つと、アマミヤは閃光による目潰しを仕掛けた。

 視界を潰されたアシェッタは、流星群のコントロールを失う——————訳ではない。

 アマミヤに正確に狙いを定める事は出来ないが、自分に当たらない様にする事ぐらいはできる。

 故にアシェッタは自分の周囲以外のフィールドにまばらに火球が落ちるように操作した。

 (これで、あの女は私の前に来ざるを得なくなる!)

 まさに、盤面を支配した戦法であった。

 しかし、忘れてはなかろうか。

 今、アシェッタが相手にしているのは、盤上支配者チェッカーボードと呼ばれた女である事を——————


「カウンター・スペル『盤上遊技ビリヤード』ッ!」

 火球の一つがアマミヤによって弾かれた。

 それはコロッセオの壁に反射し、進行角度を変えて他の火球へと向かっていき、ぶつかった。

 ぶつかった火球は、さながらビリアードの玉の如く他の火球とぶつかり、それが連鎖していく。

 気付けば、アシェッタの流星群は全てアマミヤの思う様に動いていた。


「火球一つをカウンターで弾いて、それを連鎖させる。文字通り、手玉に取られたって訳ね……」

 通常、アシェッタとアマミヤの魔力量の差は天と地ほどあり、相手の撃った魔法をそれを圧倒する魔力で奪うカウンター・スペルは通じない。

 しかし、今回アシェッタが撃ったのは火球の流星群。数が多ければ、それ一つ一つに込められた魔力は分散される。

 そして、その分散された魔力一つ分を、アマミヤはカウンターしたのだ。

 (それでも、ドレインした魔力を大分使わせられたけどね……)

 強大な存在の持つ力を、人の持つ僅かな力を工夫して利用する。

 人の持つ本質的な長所を生かした、人らしいドラゴンの攻略法だ。

 アマミヤは意趣返しとばかりに動き回る火球に身を隠しつつ、アシェッタに攻撃を仕掛ける。

 時に後ろから奇襲し、時に前から強襲し。

 その度に、少しずつではあるものの、アシェッタにダメージが蓄積していった。


 (全て、全てボクの思い通り……"当然"が、帰って来たッ!)


 ゾクゾクと背筋が痺れ、否応無く顔が綻ぶ。




「いい……気に……なるなァッ!」


 瞬間、アシェッタの腕が唸った。

 弾ける音を立て、盤上の火球達が破砕する。

 元々時間経過で威力が落ちていたというのもあるが、アシェッタの恐るべき身体能力の成せる技だろう。

 アマミヤは一旦攻め手をキャンセルし、バックステップして距離を取った。


 ズサァ!

 一瞬前までアマミヤが立っていた地面が抉れる。

 (風魔法か何かか……おっかないけど、力技はそう乱打出来ないよねぇ……)

 それでも、盤上で支配者アマミヤは華麗なステップを踊る。

 アシェッタがそこへ魔法を撃ち込むと、ギリギリのところでアマミヤに当たらない。

 自分と相手の位置関係、地面のグリップ、客席の音、松明の炎の揺めき。

 その全てを掌握し、アマミヤは"撃たせて避け"ている。

 (空中神殿に身体強化系の遺物があって助かったよ。武器は持ち込み禁止だからね。)

 アマミヤは空中神殿で手に入れた聖杯——————天使の生き血を飲んだ。

 天使の生き血は身体能力を増幅させる。

 だが、ドラッグの薬と違い、増幅するのは視力や聴力などの感覚系に寄っており、その代わり、制限時間や使用後の倦怠感などが存在しないのだ。

 一見すると腕力や魔力の上がるドラッグの薬の方が強そうだが、アマミヤは盤上を支配して戦う魔法使い。天使の生き血の方が向いている。


「ほらほらどうした! そんなんじゃコロッセオがぶっ壊れてもボクに当たらないよ!」

「なら、もう一度コロッセオをぶっ壊してやるわ……」

 アマミヤがちょこまかと避けるせいで、試合はかなりもつれていた。

 頭に血が昇り、少し冷静になり、また頭に血が昇ってきたのだ。

 (いい加減、リューリを出してよっ!)


「パワー全開にした、カウンター出来ない程強大な範囲攻撃なら……」

「力任せにも程がある——————ッ!」

 嵐が吹き荒れ、アマミヤの身体が宙に浮く。

 アマミヤは咄嗟に顔を両腕でガードするが、なす術も無く身体中を切り裂かれた。


「ぐああああああああああああ!!!」


 嵐の効果が切れ、アマミヤが無防備に落下する。

 その下に——————


「全てのエレメントよ——————ッ!」

 アシェッタが全属性魔法の詠唱をしつつ待ち構えていた。

「それが本命かッ!」

 アマミヤは空中で無理矢理身体を制御し、魔法防御を展開させる。

 半透明の魔法陣のような見た目のそれは、七色の閃光を前に呆気なく砕け散った。

 氷弾が肉を抉り、レーザーが腹に穴を開け、炎が腕を焦がし、風が身体を叩き付ける。

 アマミヤはコロッセオの地に倒れた。


 (終わり、ね……)

 そこへ、アシェッタがトドメを刺そうと近付く。

 試合終了の合図が無い以上、アマミヤの意識は残っているからだ。

 だが、あの怪我ではもう動けまい。


「リザレクションッ!」

 鋭い叫びのようなそれは、魔法の詠唱であり、死に体のアマミヤのものだ。

 回復魔法。

 それは生命への本質的理解を要する高難易度の魔法。

 アマミヤの傷が温かな光とともに癒えていく。

 だが、そんなことを見逃すアシェッタではない。

 地に伏すアマミヤに、思いっきり蹴りを入れた。


「えっへへへ……」

 アマミヤは、鼻血を流しながら笑う。

「やられ過ぎて頭がおかしくなった?」

「いや、おもしろいぐらいアシェッタちゃんが狙い通りに動いてくれたからねっ……」

「!?」

 気付けば、アシェッタの足元が赤く輝いていた。

 浮かび上がる幾何学模様——————魔法陣だ。


「回復魔法の詠唱と同時に、血で魔法陣を書いたのさ! お勉強はしておくモンだねぇ、数世代型落ちの古代の儀式……当たれば痛いよっ!」

 口で言えばいいんだから、わざわざ複雑な魔法陣なんて書くのは面倒という理由で魔法陣を使った魔法は数世代前に廃れた。

 それでも、アマミヤは学園次席。教科書の端の方に書いていたそれをちゃんと覚えていたのだ。

 アシェッタの足元から、高速で木が伸び、アシェッタを穿ち貫く。

 右足から太もも、脇腹から左腕、右手のひら。

 赤い血が、木の幹を伝って流れていく。

 たかが木如き……と、アシェッタが砕こうとしたが、ビクともしない。


「『リーフ・オブ・オーダー』 御伽噺の大魔法……やるわねアマミヤ……」

「チェックメイトだよっ!」

 アマミヤが動けないアシェッタに向けて魔法 詠唱を始める。

 だが——————その詠唱が完成する前に、アマミヤの右腕が燃えていた。


「スカーズ・スペル。見よう見真似だけどね」

 アマミヤが魔法を放つ前に、爆発的な炎が彼女を襲ったのだ。

 スカーズ・スペルは痛みを魔法に変える、傷の絶えないリューリが好んで使っていた魔法。

 その事は、二人ともよく知っていた。

「お、お熱い……」

「でしょ? 私はずっとリューリのこと見てたんだから!」

 仰け反って距離を取るアマミヤ。

 自分を縛る木を痛みの炎スカーズ・スペルで焼き尽くすアシェッタ。

 彼我の距離はおよそ10メートル。オーソドックスな魔法戦の間合い。気付けば二人、試合のスタートラインに立っていた。

 試合開始前と違うのは、二人とも多くの傷を負い、血を流し、強い視線をぶつけ合っている事だ。

 日が落ちた後も、九月の風はまだ熱い。

 或いは、戦いが巻き起こす熱気か。

 張り詰めた糸のような緊張が、二人の間を漂う。




「——————次で決めるわ。」

「ああ、ボクもそのつもりだよ。ラストチャーンス!」


「炎のエレメントよ——————」

「夜闇に瞬く閃光よ——————」

 超級の魔法使い二人が大詠唱を始めると、コロッセオに超常の力が満ちる。

 砂埃が軽く浮き上がる。

 大気に漂う未使用の魔力が激しい力の影響を受けてスパークを起こす。


「大地隔てし剣と成りて、我前の全てを焼き尽くせ!」

「実在する奇跡によって、大いなるモノの心臓を射抜け!」

 ジェット噴射じみた爆炎が真っ直ぐにアマミヤを焼き。

 乱反射するレーザーが、アシェッタの胸元を射抜く。

 硬直する戦況。二人は同時に意識を失った。


 相打ち——————引き分けか。

 否。

 コロッセオのバトルに引き分けは無い。

 どちらかが起き上がれば、試合は再開される。


「かはっ、」

 焦げたアマミヤが空気を吐き出し、倒れていたアシェッタも立ち上がる。

「リューリ、待っていてね……今、逢いに行くから……」

 おぼつかない足取りで、アシェッタは倒れているアマミヤへと向かう。


「光よ——————ッ!」

 煤を吐きながら、血を吐くようにアマミヤが叫んだ。

 不定形な光がぼんやりと瞬き、一瞬だけ矢になってアシェッタの右脚を撃ち抜いた。

 しかし、アシェッタは足を止めない。


「光よッ! 光よッ! 光よッ! ああクソっ……、いい加減止まりなよっ!」

 アマミヤは何発も光の矢を打ち込んだ。

 しかし、アシェッタは歩みを止めず、最初の右脚の傷は塞がりつつある。


「こんのぉ——————っ!」

 気合いと共に、アマミヤが渾身の一矢を放つ。


「————————————ッ!」

 それを、アシェッタは掴んで止めた。

 アシェッタの瞳は、サファイアよりも濃い、龍の輝きをたたえている。

 がくりと、アマミヤが肩の力を落とした。


「ねぇ、どうしてここまでしても、君に勝てないのかな?」


 ぽつり。と、震える声でアマミヤは呟く。

 アシェッタは歩みを止めて答えを返した。

「意味——————だと思う。」

「意味?」

「私がこの勝負に勝つ意味、貴女がこの勝負に勝つ意味。それは違って、違っているならそこには"差"がある。」

 アシェッタは、客席の中にようやく見つけた"彼"に目をやりながら、こう呟いた。


「リューリに、もう一度会いたい。」


「———————ッ! なら、ボクはもう戻れないんだね……」

 帰ろうとする者と、再会へと進む者。

 どちらが正しいのか、どちらが強いのか。

 そんな問いに答えはない。

 ただ、この場では——————


 アマミヤの瞳から、一筋の滴が落ちた。

 魔水晶が眩しく輝き、コロッセオは静かに——————




 叛逆者は帰路を失い、喪失者は求めるもののある道へと進む。

 大魔導祭エキシビジョン


 勝者——————アシェッタ。

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