第41話 こっちを見ろよ!
ここは血化粧がドレスコードのパーティ会場。
誰もが傷を抱え、傷を負い、負わせに来る。
痛み無くして得られない快楽。痛み無くして得られない勝利。
求めよ。捧げよ。さすれば扉は開かれん。
純潔を散らす様に、獣が生存を叫ぶ様に、血を流せ。血を流せ。血を流せ。
心の奥底ないし瞳に眠る、荒ぶる闘争本能を解き放て。
「我は望む、無限の闘争。命に興味は無い。富に興味は無い。ただ戦いを、ただ勝利を。私にとって、それだけに意味がある。」
しんとして薄暗い廊下に、アマミヤの声が響く。
それは契約の詠唱だ。
相手の死やそれによる利益ではなく、ただ無限の闘争と、勝利を求める。
そうする事で、どんなに相手をズタボロにしても、逆にズタボロになっても契約上の保護が作用し、コロッセオで死ぬ事がなくなるのだ。
決意と契約が成され、コロッセオの石扉が重い音を立てて開く。
戦いが、始まる——————
ドラゴンの少女、アシェッタ。
天使を追い出した天才、アマミヤ。
東西のゲートから、二人が姿を表すと、コロッセオが歓声で揺れた。
誰もが最強の二人の戦いを前に昂っている。
ただ、相対する二人は静かに。
「……」
熱っぽい視線を向けるアマミヤ。
「……」
そして、俯くアシェッタ。
大魔道祭エキシビション。
アマミヤvsアシェッタ。
叛逆者と、喪失者の戦い。
「お手柔らかにねぇ〜アシェッタちゃん。」
軽口を叩くアマミヤに、アシェッタは無反応だ。
それどころか、誰かを探す様に客席をチラチラと見ている。
アシェッタの心はこの場に無い。
(眼中にすらないってかぁ、あはは……その余裕、いや、多分なんかあったんだろうな。まぁ、余裕も油断も全部ぶっ壊して、ボコボコに圧勝してやるよっ!)
試合開始の合図と同時に、アマミヤが攻めた。
巨人の大剣を思わせる氷剣を幻出させ、切り掛かかる。
質量という名のパワー。
ただ大きく、重い。それはシンプルに強力だ。
流石のアシェッタも、これには意識を試合へと戻す。
数テンポ遅れての迎撃は、龍のブレスを研ぎ澄ませた火炎の槍。
こちらも氷剣に見劣りしない大きさだ。
蒼と紅のコントラストとスパーク、身体の芯ごと吹き飛ばす衝撃波。
巨大な武器がコロッセオ狭しとぶつかり合う。
これが、Sランク最上位の魔法戦か。
そして、大剣と神槍は同時に——————否、大剣がほんの一瞬だけ早く破砕した。
水蒸気がコロッセオを満たし、二人の視線は交わらない。
大剣が破砕した衝撃波を了解し、アマミヤはコロッセオの壁面に着地。
そのまま壁面を疾駆し、アシェッタとの距離を詰める。
「もっとこっちを見ろおおおおおおおお!」
「鬱陶しい」
羽虫をあしらう様に、冷たい目でアシェッタは手を払った。
そして、突風が吹き荒れる。
それは力任せで雑な風魔法。
研ぎ澄まされていない分切れ味は無いが、大雑把な分避けづらい。
走っていたアマミヤは反対側の壁に叩き付けられた。
「がっ、あ——————」
「さっさと終わらせる……」
風のエレメントを纏ったアシェッタの左腕が乱暴に振われた。
そして、空刃烈波。かまいたち。
不可視の空刃が、目に見える脅威となってアマミヤに迫り来る。
食らえば真っ二つだ。
「さぁ、力任せに吹き飛ばしてあげる!」
「こんの、バケモンがよぉ!」
バンと重い音を立て、アマミヤは壁面から飛び立った。
不可視の刃、かまいたち。
しかし、アマミヤは既にそれを見ている。
コロッセオに舞う粉塵と、それが無い場所。
注視すれば、透明なシルエットが浮かび上がる。
アマミヤは粉塵の場所を進み、透明を躱した。
砂埃を払い除け、アマミヤはアシェッタに肉薄する。
「どうしたんだいアシェッタちゃん、力任せだけが君じゃないだろぅ?」
掴み合い、互いの額をぶつけ、睨み合う。
この密着した距離で下手に魔法を打てば、お互い自分へのダメージも免れない。
つまり、膠着状態となった。
「う、五月蝿い!」
目の辺りを赤くして、アシェッタが睨む。
試合開始から初めて顕になったアシェッタの感情に。
(釣れたっ!)
アマミヤは、ニヤリと口の端を歪ませる。
「あっ、もしかしてリューリ君となんかあったの?」
「——————っ!」
「ず、図星ぃ? 案外乙女なんだねぇ!」
アマミヤは煽りと同時にガツンと頭突きを放つ。
頭突きは互いにダメージがあるが、覚悟を先に決めていた方に分があると、
だから、アシェッタはのけぞり、隙を見せた。
「フレアバーストッ!」
「ああああああああああああああああ!!!」
火炎の奔流が、アシェッタを襲う。
普段ならばかすり傷で済む筈の魔法も、無防備な今では致命傷だ。
「いやいや、本当にどうしたんだよアシェッタちゃん、こんな手にやられる君じゃないでしょ? 話聞こうか?」
あまりにも作戦が上手くいき、アマミヤは気持ち悪い手応えを感じた。
煽りじみた口調を崩さないままに、アマミヤはアシェッタへと探りを入れる。
「りゅ、リューリ、私に求め過ぎてたって、何でもするって言わせたくないって、どっかいっちゃって……」
瞳からポロポロと涙を溢しながら、アシェッタは語る。
ライバルの哀れな姿に、アマミヤはなんだか心が冷めていくのを感じた。
(う、うわぁ……話聞くより話が早いし、何があったのか天使の瞳で覗いちゃおーっと)
アマミヤから天使が抜けた時、アマミヤの天使の力はごっそりと減ったが、無くなった訳ではない。
例えば、全てを見通す『天使の瞳』。
これは、じっと見つめた相手の最近の印象深い出来事を覗き見る程度にダウングレードしただけで、残っている。
そして、アマミヤはリューリとアシェッタが海で別れた事を知った。
「うわ、そんな少しの弱みを見せただけで破綻しちゃうとか、リューリ君とアシェッタちゃんって実は相性めっちゃ悪いんじゃない?」
「なっ——————なああああ……なんて事を……ッ」
アシェッタは哀れなまでに狼狽えた。
「そんなんだったらボク……リューリ君取っちゃおっかなぁ〜」
ピシ……
空間に亀裂が走った。
「へ?」
「リューリはっ、あげない……あげないんだからッ!」
瞳を潤ませたアシェッタが、魔力を荒ぶらせる。暴走——————という言葉が正しいのかも知れない。
(魔力で空間に穴開けるとか……怖……)
やぶ蛇……という言葉がアマミヤの脳裏を掠める。
しかし以外にもアシェッタは襲い掛かって来ず、膝から崩れ落ちた。
「リューリが居ないと、私、ダメなのに……どうしたら……」
拭えど拭えど落ちる涙。
前後不覚になり、まるで迷子の子供の様にアシェッタは泣き続ける。
「そんなの簡単じゃん」
「え……?」
「ボコボコにして言う事何でも聞かせりゃいいんだよ。アシェッタちゃん強いしぃ……まっ、その前にボクを倒さなきゃだけどね」
ぼーっとアシェッタの様子を伺っていたアマミヤの口から無意識に出たのは、吐き捨てる様に適当なアドバイス。
『殴って言う事聞かせりゃいい』
単純明快で、脳筋で、乱暴過ぎる。
「え——————?」
しかし、その"分かりやすい答え"は、迷子の帰路を指し示した。
「ねぇ、アマミヤ。今のもう一回いってくれる?」
先程と打って変わってがっつくアシェッタ。
「えっ、あー。ボクなんか言っちゃいました?」
当のアマミヤはさっきの発言を覚えてすらいない。
「いい、いいわアマミヤ。そうだよ、力で言う事聞かせれば、もうリューリと離れなくて済むんだ……」
「えぇ……暴力はよくないでしょ……」
爛々と目を輝かせるアシェッタと、半目を擦りながらドン引くアマミヤ。
「リューリともう一度会うためにも、さっさと倒させて貰うわ!」
「なんかやる気にさせちゃったみたいだねぇ……でも、やっとボクを見た!」
真の意味で、両者の視線がぶつかり合う。
相手と、相手のその先を見ている目。
——————そして、火蓋が切られた。
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