第40話 強者達の黄昏




「決着ーーーッ! なんと首席交代! 勝者はアシェッタ一年生だァーーーッ!」


 四月の半ば、アマミヤにとっては十回目の学園最強トーナメント。

 入学以来初めて、彼女の膝に土が付いた。


 (えっ、ヤバ……アイツドラゴンじゃん。アマミヤ逃げた方がいいぞ)

 頭の中でザラギアが常時騒いでいるという負荷を抱えながらも、アマミヤは人類最強だ。

 だから単純な話、人類最強が人外に負けただけなのだが、膝に付いた土の感触も、力負けする悔しさも知らなかったアマミヤは、それを理解出来ないでいた。

 地面に手を突きながら、アマミヤはあの女がコロッセオから出て行くのをじっと見送る。


 (負けたんだ、ボク……)

 アマミヤは敗者を積み上げた塔の頂上にいた。

 "ボク"と、"それ以外"は決定的に違い、勝利は当然のもの。

 だが、今この瞬間、アマミヤは塔から落ち、敗者達の一人となったのだ。

 彼女はいつも見下ろしていた凡百と同じ側に来てしまった事を理解する。

 気付けば、両手で頭を抱えて動けなくなっていた。

 だが、そんな姿になっても、無意識にあの女の去っていった方を見てしまう。

 光が、そこだけにあるのだ。

 一つだけの光と、それ以外全ての暗黒。

 アマミヤは暗黒の中で、それでも光を見続けた。


 (初めてボコボコにされて分かったけど、ボクってそういうヤツなのね……ああ、"悔しい")

 (何? 笑ってんの?)

 (ザラギア五月蝿い)

 それからアマミヤは、アシェッタの背を追うように、東西二つある出口のうちアシェッタが出て行った方の出口から退場した。

 負けたら、悔しい。

 そんな当然の事を知った天才は、それから迷わず道を進む。

 やがて不本意な力を引き剥がした彼女は、リベンジの為、旅に出た。

 規格外の天才、盤上支配者チェッカーボードアマミヤ。

 八月の頭、当然のように伝説へと手を伸ばす、やっぱり天才な彼女の一幕。




 どこかの洞窟の最奥。広い洞窟が窮屈に感じる程巨大な赤龍と、白い少女が相対している。

「では、天使がまだ一体この世界に残っているのだな!?」

「そうなんですよ〜」

 (圧がすげぇなこのドラゴン。天使の事になると急に早口になるし……)


 アマミヤは、夏休みを使って天使を調査する旅に出ていた。ザラギアを追い出した事で大幅に無くなった天使の力に変わる、新たな力を得る為に。

 川を越え山を越え、たまに砂漠を越え。

 色々な場所を歩き回ったその旅の先、この洞窟の最奥で、天使と戦ったと言うドラゴン、ジークフリートと出会った。


 アマミヤが色々調べた中で、ジークフリードは現存する一番のビッグネーム。

 神話の登場人物であり、伝説の存在とされていた彼はそうそう出会える相手ではないのだが、そこは天才のアマミヤ。たった二週間でここに辿り着いた。


 そしてアマミヤは、彼に話を聞き、倒し損ねたザラギアを倒すヒントを得ようとする。

 一応神話の存在で多分目上? の人? なので慣れない敬語で。

 だが、天使の名前を出した途端にこれだ。


 (齧り付いてくるのは嬉しいんだけど、近くにいるだけで感じるパワーがあの女の100倍ぐらいあってとてもじゃないが下手打てないねぇ……)


「ボクが見たのは天使ザラギア、なんでも人に寄生することで、潜伏しながら力を蓄えてたらしいっすよぉ」

「寄生……成る程、通りで見つからなかった訳だ」

「で、一回そいつを引き摺り出して戦ったんだけど、逃げられちゃって、天使が行きそうな場所とか知りません?」

「あの忌まわしい、空中神殿だろうな」

 言うと、ジークフリードは翼を広げた。

 どうやら、今すぐにでも飛び立つようだ。


「ちょ、ちょっと! ザラギアが何処かに居るって情報を教えたんだから、連れてって下さいよぉ〜」

「人間風情が……」

 アマミヤの抗議を一笑に伏すジークフリードだったが。

「人間風情に借り作っていいんですかぁ〜?」

 そこはアマミヤ、舌が回る。

「ぐぬぬ……勝手にしろ!」

 かくして、最強のドラゴンと最強の人間は空へと向かうのだった。




「ここが、空中神殿……」


 アマミヤの眼前には、大理石の様な素材で作られた神殿があった。しかも文字通り浮いている。

 所々崩れてはいるが、立派だ。寧ろ、完璧じゃないからこその美しささえ感じる。

 (ぶっ壊れてても絵になるとは、建物のくせにおいしい立ち位置だねぇ……)

 アマミヤが空中神殿の出立ちに感動していると、ジークフリードが一人でに語り出した。


「神が去った後、何度か訪れはしたが、あの時あれだけの犠牲を出しながら目指したこの場所にこれだけあっさり立ち入れるのは何とも……あれは第三次突撃作戦、我が第三の部下ジークバルドの屍を盾に天使共の弾幕を掻い潜り——————」

「あー、その話長くなるです?」

 アマミヤに昔話に付き合う気は無い。

 容赦無く話の腰をへし折った。

 何処か遠くを見つめていたジークフリードも、この反応には目を丸くする。

 (えっ……酷……ちょっとぐらい興味ある素振りしてくれてもよくないか? 神話の戦いぞ?)


「なんか色々高そうなモンが落ちてますねぇ〜」

「ザラギアは居なかったがな」

 さっと辺りを見回しただけで、黄金の剣、真珠の首飾り、聖杯と、宝物庫レベルの遺物があちこちに散らばっている。

 それらは日の光を反射し、きらきらと煌めく。

 煌めくという事は、表面が劣化していないという事だ。

 神話から長い年月が過ぎた今、劣化していないというのは自然ではあり得ない。

 多分、魔法的加工が施されているのだろう。

 アマミヤはそれらを数個摘み上げた。


「勝手に持って帰ったらバチとか当たりますかねぇ?」

 そう言いながら、アマミヤはめぼしい宝具を幾つかバックに詰め込んだ。

「知らん、勝手にしろ。どうせ神はこの世界から去ってしまった。」

 吐き捨てるジークフリードの瞳は、何処か苦しそうだ。


「勝ったって事じゃないんすかぁ?」

 ジークフリードだとか神話だとかに興味は無いが、少し何かが引っかかった気がしてアマミヤは尋ねた。

 ザラギアにトドメを差し損ねた自分と、ジークフリードを重ねているのかも知れない。


「違う。神は見限っただけだ。少しだけカビの生えた蜜柑を捨てる様に、簡単にこの世界を見限ったのだ……」

 ジークフリードは自らの額に爪を突き立てながら答えた。

 俯いた瞳と、苦しそうに食いしばられた牙。

 ジークフリードが自分の数万倍強かろうと、アマミヤの瞳には彼が弱々しく映った。

 しかし、同情は無い。

 自己と他を切り離して考えるアマミヤに、そんなものは存在しない。


 だが、最終的に"勝った"側であるジークフリードが、自分が再び返り咲こうとしている"勝った側"の存在が、こんなにも苦しそうにしていると、アマミヤは自分の未来を少し迷ってしまうのだ。

 それ故に、アマミヤは知る必要がある。

 ジークフリードという存在を。


「……愚問いいですかぁ?」

「構わん」

「敵が勝手に居なくなってくれたなら寧ろラッキーだったり……」

「フッ……貴様が言った通り愚問だな」

「ですよねぇ……」

 瞳を閉じ、アマミヤは考える。

 もし、自分があの女と戦う機会を永遠に失ったら。

 そうなれば、自分は一生勝った側に戻れない。

 手に入らないおもちゃをガラス越しに眺め続ける子供の様な、そんな哀れな人生を送る事になるだろう。

 (はは、嫌過ぎて頬が引き攣っちゃうな……)


「最も、ドラゴンの平穏の為に戦ってきた同胞達は皆喜びの声を上げ、世界も大して傷付かなかったから全ては丸く収まったのだがな……」

 そう、リベンジ出来なくても死ぬ訳じゃない。

 だが、戦いを切り上げられ、腐った闘志の炎に焼かれ続けた者はどうなるのだろう。

 圧倒的実力を持ちながら、哀れな龍、ジークフリード。

 アマミヤが持ち出したザラギアの情報も、情報ソースとか、証拠とか出す前に飛び付き、口を開けば昔の戦いの事ばかり話す。

 (過去の戦いに魂を囚われてる……)


「ザラギアに、会えるといいですね」

 アマミヤにしては珍しく、迷いの無い言葉が口をつく。

「ああ」

 そして、

「そんで共倒れとかして欲しいっ!」

「貴様、我が負けると思っておるのか……?」

 自分の万倍強い相手に、無遠慮な本心をぶつけた。

 自分の事のようにジークフリードの事を考え、実際ジークフリードの末路を自身の反面教師にしようと企みながら、それでも彼が救われそうな事を思い付く。

 救えないヤツへ、マシな末路を。


「いんや、ジークフリードさんめっちゃ強いからザラギア如きワンパンでしょうよ」

「では——————」

「"ほしい"って言ったよぉ、ジークフリードさん。願望願望。ザラギア曰くアイツが本当に最後の天使らしいし、それワンパンで倒したらジークフリードさんどうなるんですかぁ?」

「……」

 確信を突いた一言に、ジークフリードは押し黙る。

 最強だろうと天才だろうと、落ちこぼれだろうと、未来は等しくやってくる。

 生者は誰もそこから逃れる事はできない。

 目を逸らす。

 だって、彼に待っているのはもう、目を覆いたくなる様な未来ばかりなのだから。


「アンタは戦いの中でしか生きられない。けど、もうこの世界にアンタと戦える奴は居ない。そんな事が、本当に分かっちゃうじゃないですかぁ」

「——————それでも、戦うしかないだろうさ」

 強く突き進んで来た。

 屍を積み上げて来た。

 実際強かった。

 既に進んでいる以上、他の道は無い。

 ジークフリードはそれ程まで、深みにいる。

 だから、迷う余地さえ無い。

 迷い揺らぐ贅沢すら、彼には残されていない。


「ですよねぇ……まっ、一瞬共に旅をしたよしみで勝算あったらジークフリードさんの敵側に付いてあげますよ」

 だが、その道の先に、天使が居た。

 自己中で、こちらを利用する事しか考えない、白き天使。


「貴様がか? 砂の足しにもならんと思うが……?」


 ジークフリードはかつての聖戦の地で、再び天使と出会った。

 ロスタイムの天使、最強への敵対者。


「ムッキーーーッ! マジでボコボコにしてやる……」

「ククク……まぁ、期待しておくとするよ」


 ジークフリードは、気付かぬうちに、瞳を明日へ向けていたと言う。

 空中神殿から見る夕日の光は、まだ少し眩しい。

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